傲慢な騎士様を魔女のルージュでメロメロに!〜魔法は消えたはずなのに、どうしてグイグイ来るのですか?
柴犬
第1話 黒き森の魔女
カンナは震える右手を、なんとか左手で支えながら、唇にピンクのルージュを引いた。恐怖というよりかは武者震いをしながら、隣の部屋へ向かう。夜会の休憩所として提供されているその部屋のソファーには、具合の悪そうな1人の男性が座っていて、部屋に入ってきたカンナを見た。
「すみません、迷惑をおかけしてしまい、、、」
「いいえ、大丈夫ですわ。お水を持ってまいりました」
といいながら、彼女は水を渡さず側のテーブルに置く。
そして驚いている男性の手を取り、おもむろに手の甲にキスを落とした。
カンナは『急がなくては』と思っていた。
『急いでやるべきことをやって早く帰ろう』と思っていた。
でも、顔を上気させ、うっとりと彼女を見ている男性がやけに気になった。
ちょっと、実験、そう、実験をしてみよう、、、
「レナルド様、、、私の手に、、、触れてください」
すると、彼は嬉しそうにカンナの手を取り、そして優しくなでた。カンナは生まれて初めて感じるゾクゾクするような感覚に、本来の目的を忘れそうになる。すると
「あなたにもっと触れてもいいだろうか」
と男が聞いた。
え、相手から「お願い」されることもあるんだ、これは特筆すべきことだなと思いながら、
「はい」
とだけ答える。
カンナの頬へおずおずと伸びてきた手に、ビクッと思わず仰け反ってしまうと、もう一方の手でカンナの背中を支えてくれた。ほぼ抱きしめられているような体制である。彼の指先が、頬をゆっくりと撫でた。心地よさと恥ずかしさと、それからちょっとばかりの罪悪感。
心がピリピリしてきたところで
「レナルドさん、先ほど手渡されたメモを私にください」
と、なんとか言った。
男性ーレナルドはゆっくりとカンナの身体を離し、懐から小さなメモを取り出してカンナに差し出した。
「どうぞ」
カンナは、未だにとろけそうになっている男の顔を見ながら、私もこれが一生の思い出となるんだろうかと考えた。それなら最後に、、、
「キスを」
とカンナがいうやいなや、バッと顔をつかまれて、ふわりとした優しいキスを何度も落とされる。
、、、しばらくして1人、部屋を出たカンナは、そっと夜会をあとにした。この短い逢瀬の記憶だけを消され、気を失っている男性を残して。
*
黒の森に住んでいる魔女は、そのまま「黒き森の老魔女」と呼ばれている。
本人としては、もっと気の利いた通り名が良かったが、師匠のまた師匠の代から続いている名称でもあるので、いまさら変えようがない。そもそも、街の人は魔女の寿命は普通の人と一緒とか、もう何度も代替わりしているとか、同じ人間であることも分かっていないのかもしれない、ただただ恐れている。
今の「黒き森の老魔女」は正真正銘19才の若い女性である。王都のはずれに広がっている黒々とした森の中の小さな家に住んでいるが、意外と街にはよく出る。薬局に依頼された薬を納入したあとは、食料や生活雑貨も購入する。豊かではないかもしれないが貧乏でもなく、趣味だってある。生活に不満はない。6つのときに黒の森で魔女に拾われたときから同じような生活が続いている。師匠はいなくなったが、これからも同じように続いていくのだろう。
時折、魔女の家には特別な相談をする人がひっそりとやってくる。毒薬などは国の監視が厳しく、どんなに請われても絶対に作らない。まあ、媚薬とか、女性男性特有の薬とかは何となく見逃されていて、そんな街の薬局には置けないようなものを求めて客が時々やって来るのだ。
そんな人は大抵、夜に現れる。頭に頭巾をかぶっていたり、フードやベールで顔を隠したりして怪しいが、こっちも魔女のローブで顔を隠しているからお互い様である。
だから、こんな夜遅くに、カンナの目の前に立っている男が、見栄えのいい近衛兵の制服をぴしっと着こなして、整った顔を晒しながら玄関に現れたのにびっくりした。門に仕掛けてある来客を知らせる装置が、ドンガラガッシャンと鳴り響いてからすぐに扉が開けられた。
「あの口紅を作った者は?」
「口紅?」
顔をみた瞬間、心臓が爆発しそうになったが、私は今、魔女のローブをきっちり着込んだ”老魔女”なんだ、と思い出して、なんとか平静を装う。
「あの口紅を作った者はいないのか」
カンナはちょっとムッとした。
(ちょっと、何よ、この一方的な喋り方。挨拶もないし、顔の良さを差し引いても好感が持てないわ。きれいな顔に黒髪、そして切れ長の黒い瞳は確かに”素敵”だと思ったけど、でも今は、威圧感しかないじゃない。
あの時はすごく、、、。いやいや、、、
「自己紹介もされておりませんし、お答えする義務はないかと」
「知っているだろう、オレは白の騎士団副団長レナルドだ」
「この国の人すべてがあなたを知っていると思っているんですか」
「オレは、あの口紅を使われた」
うーん。妙だわ、この男には記憶があるらしい。 じゃあ、メモを渡したこととか、キス、したことも覚えているのかしら、、、で、でも私は今は老魔女なんだから!
「単刀直入に言う。オレに使った相手を知りたい」
「それを知ってどうするんです?もしかして罪に問うとか、、、」
「それは言えない」
「あら、それならコチラだって言えません」
「老魔女・・・君は若いんだな」
おもむろにレナルドが言ったのでびっくりした。魔女がまとう真っ黒のローブは、カンナの顔をぼんやりとしか認識させないはず。感情を表しすぎた?声か?こっそり深呼吸してから、できるだけ低い声で言った。
「とにかく。あのルージュには、確かに、ほんのちょっぴり『魔法』を混ぜたのは事実ですが、すぐに消え失せますし、犯罪に使われるようなことはありません。」
「確かに、被害者届けは出されていない」
「では、なぜお探しなんです」
レナルドは少しうつむきながら答えた。
「あれを使う相手は、、、恋した相手だと、そう聞いた。ならば、オレに使った人も、、、その、オレのことを想っているのではないかと、、、」
「あなたに恋した相手が知りたかったと」
「まあ、そういうことだ」
レナルドの顔は少し赤みがさしている。
「悪趣味では?相手はあなたに知られたくないからルージュを使ったでしょうに」
少し呆れてカンナは言った。
「レナルド様、あなたも職業上お分かりだとは思いますが、私にも守秘義務があります。魔女は人間のしがらみとは無縁と思われるかもしれませんが、信頼がなければこのような商売はできません。大変申し訳無いのですが」
しかし、レナルドは怒るわけでもなく、がっかりするわけでもなくカンナに聞いてきた。
「君はここで1人で生活を?」
なんだろう、会話が噛み合わない、、、私に興味を?バレた?まさかね。
「そうだとしても、あなたには関係ありませんよね」
「魔女の家というと、もっとおろどおどろしいのかと思っていたが、なかなか住みやすそうだな」
レナルドは、いま気がついたかのように家の中を覗き込んだ。もっと薬草やら怪しい道具やらが散乱しているのかと想像していた。しかし、不思議な形状の道具がきちんと整理され、ランプの光をおぼろげに反射していた。爽やかな香りが漂い、きれいな鉢に薬草らしきものが育てられていて、清々しい空間を作っている。客用だろうか、ピンクのクッションの可愛らしいソファーセットもある。
ちなみに、レナルドはいまも、開け放たれた玄関の扉の前に立ち、家の中へ足をふみいれていない。玄関の真ん中に魔女が立ちふさがっているからである。
「・・・かなりの偏見ですね」
「ああ、そうだな」
つぶやくように返事をすると
「今日のところは帰るよ」
と言った。こんなにあっさり引き下がるとは思っていなかったカンナは、拍子抜けしたが
「はい、お気をつけてさようなら」
「じゃあ、また来る」
「もう、何なのよ!」
カンナは思いっきり強く扉を閉めた。
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