第2章 空白のジプソフィラ
第6話 魔法機関
『ウィザード』
それは、光の魔法を宿した宝石≪ジェム≫に共鳴した魔法使い。
オルロ魔法機関に属する彼らは、襲い来る怪異から人々を守り、国の平穏を保つため日々暗躍している。
その瞳は、カットを施された宝石のように、美しい――。
――――
アルデアが目を覚ましたのは、静かな白い部屋だった。
ぼやけた頭で起き上がろうとした彼女は、自らの両手両足が拘束されていることに気付く。
「何これ……。」
拘束の鎖はかなり頑丈で、いくら手足を動かしても外れない。
彼女の心に恐怖と焦りが生じる。
「やだ……。これ。お母さん! おばあちゃん! 誰か! 助けて! 」
叫んだはずの自分の声が何故だか遠く聞こえる。
彼女の声を聞きつけたのか、扉から白衣を着た2人の男女が入ってきた。
「目が覚めたんだね。」
そう問いかけてきたのは長身の男である。
「た、助けてください。これ、外れないんです。」
「ごめんね。今だけ我慢してちょうだい。確認が終わったらすぐに外すから。」
続いて声をかけてきたのは小柄な女だ。
「やだ! 怖い! 助けて! 助けてーー! 」
彼女はパニックに陥るアルデアの額にそっと手を置いた。
「怖いわよね。大丈夫よ。落ち着いて。」
彼女の手がやわらかく光る。光のあたたかさが額を通して心に染み入り、アルデアは不思議と不安が和らいでいくのを感じた。
「大丈夫そう?」
「……はい。」
アルデアは自分が置かれている状況を把握しようとあたりを見渡すが、その目は何故だかぼやけていてよく見えない。
「ここどこですか? あなたたちは誰ですか? 」
「ここは病院だよ。俺は医者のラルスで、この子は研修医のフロースね。」
ラルスと名乗った男は柔らかい口調で告げた。
「君についていくつか質問するね。名前は? 」
「アルデア・ヘロディアスです。」
「歳は?」
「9歳です。」
「ここに来る前のことは覚えてる? 」
「洗礼式に……。あ、お母さんとおばあちゃんがいなくて……。知りませんか? 」
「それについては後で話すわ。」
フロースと紹介された女は、不安げなアルデアを安心させるようにそう答えた。
「目、見える? 」
しきりに目を細めるアルデアの前にラルスは手をかざす。左右に振られるその影を追いかけようと視線を動かすアルデアだが、どうにも上手く形が捉えられなかった。
「ぼやけてよく見えません。」
「そかそか。ジェムに共鳴した時のことは何か思い出せるかな? 」
「ジェム……って何ですか? 」
「光る宝石のような石があっただろう? 」
「あ。お母さんの……。」
「お母さん? 」
アルデアの頭をよぎったのは、ルーナが持っていた緑色の宝石であった。
「お母さんが大事にしてたペンダント……。」
「それが君のジェムだったかもしれないってこと? 」
「……よく、分からないです……。」
ラルスは「なるほどね。」と呟いて何やら紙に書き留める。
「今、力を使って何かしてみることは出来る? 」
「……力? どうすればいいんですか? 」
「暴走の危険はなさそうだね。フロース、拘束取ったげて。」
ラルスがフロースにカギを渡し、手足の拘束が解かれる。
上体を起こしたアルデアは、手をグーパーして体の感触を確かめた。先程はパニックになっていて気付かなかったが、ギプスで固定された左足をはじめに、体のあらゆる部分がズキズキと痛む。
「多分君は頭をぶつけたのと、ジェムの強すぎる光を直接見たことで目にダメージを負ってしまったんだろうね。」
「え……見えなくなっちゃうんですか? 」
「見えなくはならないよ。ただ、魔力によるダメージっていうのは少し厄介でね。視力が元通りになるにはかなり時間がかかると思う。」
「そんな……。」
職人としての未来に影が刺したのを感じ、どくんと心臓が跳ねる。フロースはショックを受けるアルデアの背にそっと触れる。
「心配することはないわ。医療部の方でちゃんと経過を見ながらケアしていくから。」
「見えなくて不便ならこれ使いな。」
ラルスが懐から取り出した眼鏡をかけてやると、アルデアの視界は開けたようにクリアになった。
「俺の予備眼鏡だから、かけてて疲れたら目を休ませてやってね。後でちゃんと視力検査して君に合ったものを作ってあげるから。それまで我慢してくれ。」
眼鏡をかけたことで、彼女は眼前に立っている人物をようやくはっきりと見ることが出来た。ラフな七三に整えた赤毛に眠たげな目、シニヨンにまとめた栗色の髪に小動物のような丸っこい目。2人とも至って普通の風貌だが――。
「ひゃっ! 」
ベッドの上で後ずさるアルデアを2人は驚いたように見る。
「どうしたの? アルデア。」
「お、お2人とも、目が……。」
そう。アルデアの眼前にいる2人の瞳は、まるでカットを施された宝石のようであったのだ。
「ウィザード……さんですか? 」
「そうだよ。」
不透明だが深い光沢のある青色をしたラルス、キラキラと透き通った琥珀色をしたフロースに見つめられ、アルデアは思わず「ごめんなさい! 」と頭を下げた。
「どうして謝るの? 」
「だって、一般人なのに……。」
「君はもう一般人じゃないだろ。」
「……どういうことですか? 」
ラルスがアルデアの問いに答えようとしたとき、ノックの音がして病室の引き戸が開いた。
「失礼する。」
現れたのは黒い服を着た背の高い人物である。
「お疲れ。ミルヴァス教官。遅い登場だったね。」
「すまない。少し用を片付けていた。」
「だ、誰ですか……? 」
「私は石使いミルヴァス。ジェム研究者兼、魔法学校の魔法教官だ。」
男性にしては高く、女性にしては低い不思議な声だった。
「あなたを保護した人よ。覚えてる? 」
アルデアは必死に考えを巡らせるが、何も思い出すことは出来なかった。
「んじゃ俺はそろそろ行くね。起きたばっかりのとこに色々聞いて悪かったね。ミルヴァス教官、フロース、後のことは頼むよ。」
「はい。承知しました。」
ラルスは先ほど何か書き込んでいたメモをミルヴァスに渡すと、ひらひらと手を振って病室を出ていった。
「君はアルデア・ヘロディアスという名だったな。ジェムを見せてもらえるか。」
「持ってないです……。」
「心の中で『発現』と念じてみるんだ。」
よく分からないままにアルデアがそう念じると、胸のあたりがチリチリと痛む。そして、全身を熱が駆け巡り、緑色の光を放ちながら胸の中から何かが浮かび上がった。それは自宅で見た、あの宝石と同じものだった。
「それが君のジェムか。」
「あ、これ……。お母さんの……。何なんですか? これは。」
「これはジェム。魔力の根源だ。君はこのジェムに選ばれたウィザードだ。」
次から次に出てくる非現実的な言葉に、アルデアの頭はこんがらがりそうであった。
「共鳴した時のことを覚えているか?」
「きょうめい……? 何のことですか? 」
「この石を見た時に何か感じることはなかった? 」
考えたアルデアはルーナに初めてこの石を見せられた時のことを思い出した。
「水の中みたいなところにいる感じになった気がします……。これと同じ色の髪をした女の子がいて、なんだか悲しそうで……。」
「その子の名前は分かるか? 」
「何も……。あ、でも、スピンドラって……どうしてか分かんないけど、頭の中に浮かんできました。」
「……そうか。触らせてもらうぞ。」
黒い手袋を外し、スピンドラに手をかざしたミルヴァスの瞳が輝く。まるで星空を閉じ込めたようなその美しさにアルデアはしばらく見惚れていた。
「……全く面食らったな……。」
しばらく手をかざした後、ミルヴァスはぼそりと言う。その指先が空をなぞると、宝石はやわらかな光を放ち、まるで水面に沈むようにアルデアの胸元へ溶け込んでいった。
それを見届けた彼は、真剣な顔つきで告げる。
「これから君に大切な話をする。落ち着いて聞くように。」
アルデアはベッドに腰掛け、ミルヴァスが話すことをぼんやりと聞いていた。祖母が何者かによって殺害されたこと、ルーナが重傷を負い生死の境を彷徨っていること、自分のことなのに彼女には全てが他人事のように感じられた。
「ここまで、いい? 」
呆然と口を利かなくなったアルデアを気遣うようにフロースが言う。
「君の身柄は今後オルロ魔法機関が引き受けることになる。」
「そんな……。」
「ジェムに共鳴したものは、ウィザードとして国の治安維持に貢献してもらうこととなる。」
「治安維持……? 」
「オルロの魔力からなるジェムは、素質を持つ者に共鳴し力を与える。ジェムの力を得た魔法使いは、唯一怪異に対抗し得る戦力として国民を守り、国にその身を捧げることが義務付けられている。」
まるで物語のような現実感の無さだった。
「君はジェムに共鳴した。つまり、選ばれてしまったんだ。なので魔法学校でウィザードとしての教育を受けてもらう。」
「え、いや、あの……私そんな特別な力なんて持ってないです……。」
アルデアは服の裾をギュッと掴む。これは彼女が不安を誤魔化すときの癖だ。
「しかし、ジェムに魅入られたということはそういうことだ。君にも他のウィザードと同様怪異と戦う義務がある。」
「怪異と戦う!? そんなの無理です! 絶対無理! 」
「無理と言われても尊重出来ない。この国ではそう決まっているんだ。」
「辞退させてください……!」
「認められない。」
アルデアは吐き捨てるように言うミルヴァスから目をそらし、フロースに問いかける。
「私、もう、帰れないんですか? 」
「原則、そうね。」
フロースは優しく、しかしはっきりとそう告げた。
「あの家はどうなるんですか? 」
「事情が事情だから……空き家になるでしょうね。」
「帰っちゃだめですか……? 」
「子供一人でどうやって生活していくんだ。」
ミルヴァスはアルデアの言葉をぴしゃりとはねのける。
「店をやります。将来2人からあの店を継ぐ約束をしていたんです。」
「現実的ではない。」
「でも、私がいないと……。あの家は……。」
今にも消え入りそうな声だった。アルデアの前にしゃがみ込んだフロースは、その小さな手を取ってゆっくり言い聞かせるように言った。
「アルデア、辛いわよね。今はまだ現実を受け入れられなくて当然だわ。」
「嫌です……。ジェムなんていりません。魔法学校にも入りたくありません。おうちに帰してください……。」
「でもね、これがジェムに魅入られた者の運命なの。」
アルデアの目から涙がこぼれた。頭の中に浮かぶのは、祖母の機織りの音や、頬をなでる母の優しい手の感触、3人で囲んだ食卓、最後にまたねと別れたメルの顔。
「嫌だ……お母さん……おばあちゃん……。」
失った日常の大きさに彼女の心はすっかり打ちのめされてしまっていた。
「泣くのをやめろ。厳しいようだが、君が今するべきことは、今後どう生きていくか考えることだ。」
静かな病室内に、アルデアのすすり泣く声とミルヴァスの言葉だけが響く。
「泣いていても家族は帰らないし、これまでの生活も戻ってはこない。……辛いのは分かるが、受け入れるしか、ないんだ。」
そんな彼女にミルヴァスは容赦なくそう告げた。フロースはアルデアに向けるのとは正反対な厳しい口調で彼を叱責する。
「ミルヴァス教官、彼女はまだ心的外傷を負った状態です。その言い方はないのでは? 」
「事実を言ったまでだ。それに、現に君はすでにジェムの力で自らを襲った脅威を退けただろう。」
「ちょっと教官……! それは……! 」
アルデアの脳裏を強烈なフラッシュバックが襲う。
礼拝堂中に張り巡らされた糸、見知った人々の青白い顔、血の赤--思い出した瞬間、アルデアはその場で嘔吐した。
「大丈夫? 」
背中をさするフロースの手を跳ねのけた彼女は、ベッドの上でうずくまり悲鳴を上げた。
フロースは「ちょっとごめんね」とアルデアの額に触れる。瞬間、彼女は目を覚ました時と同じようにあたたかい何かを感じ、気持ちがすっと落ち着いていくのを自覚した。
「あれ……。」
「怖かったわね。これから心の方もちゃんと治療していきましょうね。」
アルデアに優しく声をかけるフロースの瞳は鮮やかに光っていた。その美しい目をぎっと細めた彼女は、ミルヴァスを強く睨みつける。
「教官。むやみに傷口をえぐるようなことをしないでください。彼女の回復に障ります。」
厳しい声だ。その雰囲気に気圧されたミルヴァスは、「……すまなかった」と目を逸らして言った。
「……あ、あの、人? は……どうなったんですか? 」
「あの人というのは? 」
「私が……こ、こ、殺、し……。」
アルデアが思い出したのは、黒い影に絡みついたたくさんの糸の幻影である。
「現場には君の祖母の遺体以外はなかった。」
「あれ……? あの時、私……誰かを……。真っ黒な……。」
締め上げられた体から上がったあの不気味な軋み――。
「詳しく聞かせてくれ。君は何を見たんだ? 」
「あ……あ……。」
体にまとわりつく血や肉の生々しい感触――。
「教官! それ以上はダメです! 」
アルデアの悲鳴とも咆哮ともつかぬ、獣のような叫びが、病棟の天井を突き抜けるように響き渡った。
※本作に登場する人物たちの、もう少し柔らかい表情が見たい方へ。
『るみな・りねあ余話集』にて、オマケ会話劇や設定資料を公開しています。
キャラクタービジュアルは近況ノートに!
るみな・りねあ余話集
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