第八十二話「一つの決着」

 Side 緋田 キンジ


 自衛隊基地の周辺は相変わらず反戦、反自衛隊団体の集会所だ。


 もしかすると世界が終わるかも知れないのかも知れないのに元気なもんである。


 それだけまだ平和だと言うことだろう。


「最後の休みになるかも知れないのに無理しなくても――」


 自衛隊基地の外に出てキョウスケから言われる。

 

 両親と決着をつけに行く事を話したからだ。


「まあ言いたい事は分かるが最後の休みどうこう言うのはよしてくれ。縁起でもない。なんならこっちに残るか?」


「公安の姉ちゃんから話は聞いてるよ。世界が終わるかどうかの瀬戸際なんだろう?」


「だからな。やり残したことはないようにしておきたい」


「ああ――あの世界で色々と酷い目に遭ったが、お互い言いこともあったな」


「それは言えてる」


「――じゃあ、行って来いよ」


「ああ」



 家に帰ったら運よく両親がいた。


 玄関前で立ち話になった格好だ。


「何しに来たんだバカ息子が!!」


 と、父が言った。

 母が「まあここは抑えて――」と父を宥める。


「前回ケンカ別れしたからな。それぐらいの愚痴は聞いてやるよ。今日は決着を付けに来た」


「決着だと?」

 

 当然の反応を父がする。


「ああ、なんだかんだ言って育ててくれた恩はあるしな――」


「キンジ、今からでも遅くないわ――自衛隊なんかやめて――」


 と、母が言う。


「悪いが、それは出来ない。自衛隊を辞めたとしても、もう戻れない」


「ほら見ろ母さん!! こいつはもう根っからの自衛官だ!! 人殺しなんだ!!」


「よしなさい父さん!! 自分の息子でしょう!?」


「相変わらずだな二人とも――」


 俺はなぜか笑みを浮かべた。 

 

「どうして二人が付き合って、愛し合って、産んだのかは分からない。正直産まれて来なきゃよかったって思った時はある。だけど今は違う――産んでくれてありがと」


「ちょっと、どう言う意味それ?」


 お母さんが戸惑う様子を見せる。


「お母さん。俺はアンタの事嫌いだったよ。正直殺したいとさえ思った事がある。お父さんもそうだった。どうしてこんな二人の親から産まれたんだろうって何度も思った」


「な、なにが言いたいんだ?」


 お父さんもそうだ。

 戸惑っていた。


「もしも、やり直せるなら――普通の親になってくれ。いっそ自衛隊は嫌いなままでいい。反戦活動をしたりとか反自衛隊を他人に押し付けるような生き方はしないでくれ――」


 俺は本音を言った。


「何を言ってるんだ!? なんで正しい事をしているのに、まるで悪いことをしているみたいに言われなきゃいけないんだ!?」


 父は条件反射のようにそう言った。


「お父さん、俺はね――いろんな場所に連れて行って欲しかった。海外とか旅行とか遊園地とか――でもお父さんもお母さんも何時も俺を反戦や平和の道具にしてたよね?」


「それは――」


 父さんは初めて言い淀んだ。


「俺は学校で変人扱いされてたの知ってた? キョウスケがいなければ今頃俺はきっと自殺していたと思う」


「キンジ――」


 母さんは悲しそうな顔をした。


「自衛隊に入ったのは父さんと母さんの当てつけなのは変わらない。半ば税金泥棒状態だったのも言い訳がしようがない。人殺しなのも否定はしない――」


「さっきからなんなんだ!? なにが言いたい!?」


 父さんは動揺しながらそう言ってくる。


「――父さん、俺は僅かだけど期待していた。生き方を変えてくれるんじゃないかって。だけど、変えられなかったね。それでも父さんは父さん、母さんは母さんだ。二人ともお元気で」


 そう言って俺は去って行った。



 気が付くと夜になり、キョウスケの家に行くと、玄関前でキョウスケとリオが立って行た。


「決着はついたのか?」


「分からない。だけど伝えたい事は伝えた」


 二人は変われなかったがあんなのでも両親だ。家族だ。

 放置していたらきっと悲惨な末路を辿るだろう。

 だけど――そうなったらもう自己責任だ。


 などと思っていたらリオに抱き着かれた。

  

「どうしたリオ」


「だってキンジ――泣きそうな顔してるもん!!」


「……ごめんな、リオ。この世界って複雑に見えて、賢く見えるけど、バカな事が大半なんだよ」


「そんなことない、そんなことない!! そう言う世界だからキンジはキンジになれたんでしょ!?」


「そうか――俺の人生、無駄じゃなかったのか――」


 そう言われてホッとした。


 キョウスケは「用を思い出したから悪いが少し席を外すわ」と家の中に入って行った。


 俺はリオと抱き合って泣いた。

 

 みっともなく泣いた。


 ――気づいた事がある。


 大人と言うのは子供の延長線上の過程でしかないこと。


 大人になったから大人になれるわけじゃないこと。


 自分は強くなったと思った、大人になったと思ったがこの様だ。


 根っこは全然変わっちゃいなかった。


 自衛隊に入ったのは、本当は父さんや母さんに愛されたかったんだと思う。


 振り向いて欲しかったんだと思う。


 だけど今は違う。


 今抱きしめているこの子や手の届く範囲を守るために――俺は戦おうと思う。

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