ミントとオレンジ、そしてレモン。
トラモントファミリーが新メンバーを募集していることはどこから話が流れているのか。そんな大々的にしている筈ではないが、と件のマフィアでボスを務めるエレノア・ルアルは首を傾げる。
(少なくとも……こんな街中によくいる不良の耳に届くほどではないはずだ)
疑問を抱きながら傾げた首を誤魔化すように、片手で更に引っ張り筋を伸ばす。プラスチックが折れる様な音を鳴らすそれにデスクワークの弊害を感じた後、「で?」と目の前にいるふたりの男に問いかけた。
「お前ら、トラモントに入りてえの?」
ふたりは顔を合わせない。ただ、静かに間にある手を繋ぎ合わせていた。両者とも黒いタートルネック、スモーキーグリーンの細身のズボンに室内だからと脱がれたグレープ色のダウンジャケット。真っ黒な手袋も相まって、春先の今時分には正直暑苦しさを感じてしまうほどの格好だ。
綺麗に整えられ、ハリネズミのように立ち上がっている髪は頭頂部は真っ白、ツーブロックと刈り上げ耳の裏側部分は真っ黒だ。ひとりは耳から口元に繋がるピアスチェーンをいじっている。ひとりは姿勢を正して人懐っこく笑っている。
笑顔を浮かべた青年は、これまた猫撫で声のように甘えた様子で
「はい。俺ら、トラモントに入りたいんです」
隣の彼と全く同じ顔で、願いを口にした。
ボスに客人が、と連れてきたのはライラだった。事務室の奥、主だってエレノアが使用する部屋に三回ノック後ドアを開けて言ったのだ。
『ボスに客人です。新規加入希望だったら直接通す、って話で合っていれば』
二つ返事で書類を整理し、迎え入れた客人の顔が瓜二つで度肝を抜かれた。その感覚は未だに真正面に座りあった今でも残っている。
全く同じ格好、全く同じ身長と座高。鍛え方や得意分野が違うのか、若干の体格差はあるが顔立ちが骨格から同じであることを象徴している。そんな中でもはっきりと違うのは目の色と身に付けているピアスだった。
人懐っこい方は昼空と海の境界線が溶け合った様な深い青。赤いフープの先に通った金色の細い金属がぶつかり合う、華美なデザインのピアスをしている。一方で無遠慮に視線を動かす方は太陽が仕事を終え始めた空の様な鮮やかなオレンジ。釘の様な無骨な金属が耳の中を幾重にも貫いている。耳たぶにつけられた瞳と同じ色の石を携えるピアスは、唇の下につけられた同じ色の丸石とチェーンで繋がっていた。
エレノアは彼等にわからないよう、掌で隠した口の中ですげえな、と呟いた。恐らく差別化と言うよりは各々の趣味の色が強いピアス。あえて一緒の服に身を包み、未知の場で手を繋ぎ続ける片割れへの絶対的な信頼感と守り抜く強い意識。互いの意思を尊重しながらも根っこでは深く繋がっている、こんな事実を見せつけられては、見分けを行う気力さえ削がれてしまう。
他者からの見分けを待ち望まないひとつでありながら、片割れの意思は余さず尊重する、完璧な双子だった。
口元に当てていた手を離す。自身も黒手袋に包まれているそれをふたりへ差し伸ばしたエレノアは、場の流れを掴むように切り出した。
「……まず、気になることがある。お前らはどこからこの話を聞いた? 俺らも適当に声かけるタチじゃねえんだけど」
青目が穏やかな笑みを浮かべる。急に大人びた笑顔を浮かべるそれに、目の前のふたつの人間個体とはまた違う人格を感じた気がした。だがそれも一瞬で、彼は数分前の人懐っこい笑顔を浮かべ
「前ターゲットで近づいた女から。面白いファミリーなのよ、メンバー募集してるらしいのって。後、俺の片割れがここを見て立ち止まったから」
「……はぁ?」
思わず声が漏れる。しょうがないだろう、前者はまだしも、後者の理由はあまりにも適当すぎる。それを理解しているのか、青目は繋がっている手を自慢げに持ち上げ
「俺の片割れ、勘が働くんです。綿密に立てた計画より信頼を置くほどに」
「……まあ、信頼してくれるの片割れくらいだけど」
それに抵抗することなく大人しくされるがままの橙色。思っていたより警戒心が薄いのか、はたまた片割れへの許容範囲が広いのか。後者かもな、と納得しながら「へぇ」と相槌を打つ。
「それで、自分らの売り文句はなんだ?」
「俺の得意分野は変装と潜入調査です。あと情報戦争。男女問わず何にでも変装しますし、どこへでも馴染みますよ」
「俺は戦闘と機械工作。変装も必要なら。どっちも多分、独学にしてはいい線行ってると思う。機械工作はこれを見てくれればいい」
橙色がポケットから取り出した、小さな何かが投げられる。彼等と同じ黒手袋をした手で受け取ると、キューブのやや鋭利な角が指先を刺した。
掌を広げて見れば、それはギャンブルなどでよく用いる、一般的なサイコロの大きさをしたキューブだった。銀色の鉄板に囲まれたそれはよく見れば小さなボタンを二つ用意していて、ある一面には半円の突起がついており、そこから黒いリボンが垂れ下がっていた。
パッと見ただけでは正体が掴めないそれを好奇心に任せて眺めている中、橙色の声が耳に届く。
「ボイスレコーダー。前はポケットに忍ばせてたけど、ポケットは護身用の武器を入れてほしいし、人混みとかだと首とか手首につけてた方がターゲットの声を拾いやすいんで。市販は形で気付かれるんで使いたくなくて」
「前、ターゲットから盗んで改良した指輪のカメラもありますよ。画質が荒かったり、その場で撮れ高を確認できないのが難点であまり使えてないけど。……そうだ。片割れだけの成果じゃ物足りないなら、俺からはこれを」
言うと、青目は数枚の写真をテーブルに広げた。ディーラーが扱うトランプの様に広がったそれは、老若男女問わない写真だ。一枚目はカラーサングラスをかけ煙草を吸う金髪の男、二枚目は壮年な男に腰を抱かれた赤髪と笑顔の美しい女、三枚目は女性に嬉しそうに撫でられるそばかすが目につく栗色髪の少年、四枚目は街中で何かを恵んで貰っている黒いフードを被った銀髪の老婆。
表情を変えずに視線を動かしていたエレノアの目が止まったのは五枚目だ。それだけはコラージュ写真らしく、今までの写真に存在した人間が四等分した枠内で上半身を真正面にしている。髪も目色も服も年齢表情さえ違う中で皆一様に、蛇の様に二又になった舌と中心で青く煌めく丸いピアスを見せつけながら。
視線を上げると、愉快そうな表情の青目が舌を出している。本来なら無遠慮と撃たれても仕方がない光景だが、目の前の全く同じスプリットタンとピアスにそんな気力は湧かない。静かに湧く笑い声を堪えながら
「……へぇ。腕は確かだな」
青目も橙目も自慢げな顔を浮かべてくる。それが自分の功績ゆえか、片割れが認められた満足感か図っている中、青目の声は続いていく。
「俺ら、使えるでしょう? こんな顔が一緒で、得意分野も綺麗に分かれてるふたり、使って損はないと思いますけど」
「確かに使える。場面によっちゃお前らをひとりとして紹介するも、別人同士とするのもできるからな。技術も申し分ないーーが、気になるのはもう一個ある」
「もう一個?」
「お前ら、何でトラモントに入りたい?」
ボイスレコーダーを弄びながらふたりを持ち前の金眼で射抜き、問いかける。今までのやり取りで交渉ごと担当の様な立ち位置を築いていた青目の回答を待っていたが、意外にも飛んできた声は橙色の方だった。俺ら、と切り出した方向に視線を向けると、彼は口元に垂れ下がるチェーンを軽く引っ張りながら
「……俺ら、探し物をしてんだ。それを見つけるためには大きな流れに乗った方がいいと感じた。それだけです」
続ける様に青目が笑う。無遠慮な橙色の声をフォローするかと思ったエレノアの思考に反して、隣で繋がった片割れの手を支柱として寄りかかりながら。
「忠誠を誓いたいとかそういう理由でなくてごめんなさい。でも、それで当然でしょ?」
「だって俺らは、貴方や此処のことを何も知らないし」
「貴方も此処も俺らのこと、まだ何も知らないんだから」
橙色の瞳と青い瞳がエレノアの金眼を射抜き返す。それはショーケースに並んだオレンジとミント味のマカロンの様な高貴さと可愛さを持ち、ティータイムに用意されるオレンジケーキやブルーベリーチーズケーキの様な素朴で親しみやすさを感じさせながら。
トングで箱詰めする指名権も、切り分けられたワンピースの選択権も、簡単に委ねる気のないホストの様に。
「ーーはっ」
視線を逸らしたエレノアは、自身の革手袋の手で顔を覆い吐き捨てる様な笑い声を漏らした。次いで堪えきれないそれを隠すことなく、体格に違わない大きな笑いを室内に響かせる。
「あー……あー笑った! 素直にもほどがあんだろ! お前ら、その売り文句は相手選べよ。撃たれたって文句は言えねえ」
まあ他に招待状を送らせる気はねえが、と言いながら目尻に浮かんだ水分を拭う。目の前の大男からの反応が予想外だったのか、目を何回も瞬かせる同じ格好で同じ表情の青年ふたりへその指先を向けると
「私利私欲があるほうが折れねえってもんだ! ただ、探し物はしてもいいが、うちに入るならこれだけは守れ」
水分が指先を伝って掌へ到達する。行き場を失ったそれがテーブルに水溜りを作る前に条件を発した。
「トラモントの名は汚すな。トラモントのメンバーは大切にしろ。それを守るなら許可を下ろす」
ブルーベリーは寄りかかっている体を正すことなく、オレンジはそれに目を向けることもない。ただ繋いでいる手を固く握り合わせ、ふたりとも同じ様に人懐っこく笑いながら
「俺らが大の得意なことです!」
「人を大切にすることは自信があります」
「そう。じゃあ、名前を教えて?」
ミントは笑う。「俺はネイサン」
オレンジも笑う。「俺はアシェル」
「そう。俺はエレノアだ。ここのボスをやらせてもらってる。ようこそ、トラモントファミリーへ」
ショーケースから飛び出した彼等はブルーベリーとオレンジのケーキを差し出すティータイムの従者の様に、恭しく頭を下げ
「姓はスコット。よろしくお願いします、俺らのボス」
あれから数日後のこと。昼間はすっかり本部内に馴染んだ双子は、医務室前で何やら話し込んでいる様子だった。所用で一階へ訪れついでに見つけたエレノアが声をかけると、何処からか持ち出したモップを片手に振り向く双子の姿。ボス、と明るい音かつ違わないタイミングで発される声からは、あの日の挑戦的な牙と色合いは削がれている。
「よお。アシェルとネイサン。元気?」
「お陰様で。ボスは?」
「まあまあ。ところで、お前らに聞きたかったことがあんだ」
「何ですか?」
「お前らの探し物って結局なんなの? トラモントに不利益な動きとかされたら困るし、俺だけでも知りたいんだけど」
「……どうするアシェル?」
「ボスならいいんじゃない? 口が固そうだし」
「そうだね。……じゃあボス、これは他言無用で」
示し合わせた様に手袋を外す二人。何をするのかと疑問を持ったエレノアの目に飛び込んだのは、差し出された彼等の一本ずつの腕だった。
ネイサンは左手、アシェルは右手。突き出された掌に存在する、痛々しさを物語る古い稲妻の様な歪な傷跡。
珍しく困った色を乗せる笑い方をしたネイサンが手をひっくり返す。そちらの同じ傷痕の存在をエレノア視認したのを確認してから
「俺ら、これ手の甲まで貫通してるの。俺が下でアシェルが上だっけ?」
「確か。昔人身売買の組織に捕まって、抵抗したら俺らの手重ねてナイフで貫きやがった。床に縫いつけたかったみたいでさぁ。一回で仕留められねえで何度も。クソ下手だった、アレ」
「綺麗に左右で、俺らが双子だったからなんとか売り物にはなったけどね。……ああ、そうじゃなくて」
過去への忌々しさを隠すことなく、傷の痛々しさを封じることもなく、ふたりは代わり代わりで話を続ける。
「この掌、掴みたくて伸ばしたの」
「無理だったけど。手を掴みたかった子がいたんだ」
「そう、無理だった。……あの日、引き裂かれたあの子が俺らの探し物」
あの日のオレンジとブルーベリーはドライフルーツの様に萎びた色を宿していた。口内に広がるあの人工的な砂糖を思い出すエレノアの前、差し出されたのは形の見えない透明なケーキ。
彼等はそのケーキを口にする。自分達にしかわからないその味を確かめるように、広がるそれを説明した。
「俺らの間でいつも笑ってた女の子。髪が黒で、オッドアイだったから三つ子なのにひとりだけ嫌われた子」
「俺らの目を綺麗に半分分けたような子。青と黄色。猫みたいな可愛い子」
「……三つ子?」眉間に皺が寄る。そんな話は初めてだという言葉は飲み「……双子じゃなくて?」
「本当はね。でも説明が難しいから双子ってことにしてるけど」
「そもそも俺らは片割れとしか言ってねえし。……まあ、だからその子を探し続けてるんだ」
「可愛い可愛い俺らの片割れ。いつだって笑ってたのに、ナイフで貫かれた俺らを見て初めて泣き叫んだ俺らの片割れ」
「だから見つけなきゃ。あの子を泣かせたままじゃいられないから、俺らが生きて探さなきゃ」
透明なケーキの輪郭を探るように、エレノアの口が動く。
「……名前は」
アシェルは笑う。「ジゼル。姓はスコット」
ネイサンも笑う。「ジゼル・スコット」
「……そう」
口内に広がるレモンとブルーベリーに内心舌打ちした。酸味と甘味は未だ飲み込めるほどの融合を見せてはくれない。ただ、エレノアの頭にはそれがダークチョコではなくレアチーズの土台に飾り立てられるイメージだけが先行していた。
それは、彼等に出会う前、高級店の新作として立ち並んだところを紹介されたホールケーキ。
手袋をはめなおす二人の名前を呼ぶ。顔をあげる二つの頭を撫でると、エレノアという男は微笑み
「ジゼル。……わかった、覚えておく」
プシュケの霊屋 高戸優 @meroon1226
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