第3話 3,前島家の末っ子

翌朝は水曜日。


毎週水曜日は絢梨の休日だ。その為、毎週この日だけは住人達がそれぞれで食事を用意したり、奈子が用意したりする。


「絢梨さんにも休みは必要やけど、やっぱりトースト1枚は味気ないなー」


志希がダイニングテーブルでブツブツ言いながら朝ご飯を食べている。


「ちょっと!文句があるなら食うな!!てかいつまでダラダラ食べてるの!邪魔!!」


その後ろから奈子が掃除機で志希を煽っている。そのトーストは朝から奈子が焼いたもので、実は1枚真っ黒こげにして失敗している。つまり・・・。奈子ちゃんは壊滅的に料理ができない。


「ひいい・・・。朝から怒りすぎただよ。食べますー。食べてすぐ学校行きますー」


志希は、まったく奈子さんはいつもイライラしてるなーと思いながら急いで食べて出かけて行った。光はいつものカフェにモーニングを食べに行ったらしく不在。『福幸堂』には奈子と引き籠りの郁香だけが残った。


その頃、絢梨は本家の昔ながらのだだっ広いキッチンで料理をしていた。2~3品作り終えた頃玄関が騒がしくなった。


「ただいまー!!お母さーん。絢梨もいる?」


前島家の次女で4兄妹の末っ子、前島柑奈が帰ってきた。


「柑奈。騒がしいですよ。もっと静かに帰ってこれないの」


「あ。お母さん。これ、お土産。はあー。駅に着いてからちょっと見て来たけど、夏の琵琶湖はやっぱり最高ねー」


柑奈は玄関の段差に座って芽依子を下から見上げてそんなことを言っている。


「じゃ、さっさと仕事辞めてうちに戻ってこれば?40手前のわがまま娘を相手にしてくれる人がいるかは分からないけど、見合い相手、探してあげるわよ」


この返事を聞いて柑奈は不機嫌になり段差から立ち上がって、ドスドスと畳張りの居間に入ってきた。


「もう。またその話?私は結婚とかするつもりないって何度も言ってるじゃない。」


柑奈はそう言いながら座布団の上に座る。芽依子はため息をつきながらも柑奈にお茶を出している。絢梨は様子を伺いながら声をかける。


「柑奈ちゃん。お帰り」


「あ!絢梨!久しぶり。ちょっとこっち来て!お土産あるから」


そう言って柑奈はスーツケースの中をゴソゴソし始めた。芽依子は中身がグチャグチャのスーツケースを見て顔をしかめる。あったあったと言いながら柑奈が取り出したのは、木製の調理器具5点セットだった。


「これね。大阪に行ったときにたまたま見つけたんだけど、職人さんが木で作ってる道具みたいなの。見た瞬間、絢梨のことが頭に浮かんだから買ってきちゃった。プレゼント!」


「ええ!こんな良さそうな道具。本当に良いの?」


「うん。もちろん。絢梨にはいつも何かとお世話になってるからね。・・・もう今日も既にこの家、めちゃくちゃいい匂いしてるもん」


「ありがとう・・・!・・・・あ、やっぱり気づいてた?じゃあちょっと今から出すね」


急いでキッチンに戻り、作っておいた赤こんにゃく煮と茶碗蒸しをとりあえず出した。赤こんにゃくは滋賀県の名産で柑奈の好物でもある。それをつまんでもらっている間に、途中だった料理を完成させる。


「ハイ!焼きあがりました!特製餃子!」


「おー!これこれ!餃子に関しては絢梨が作るのが世界一美味しいってお世辞じゃなく思ってるからさ、私」


「また大げさな。あとでシジミの炊き込みご飯もあるからねー。」


「いやー。実家に帰ってきてさ、姪っ子のご飯をこんなに堪能できる幸せな叔母ちゃん、世界で私くらいだろうね」


そうこうしているうちにシジミの炊き込みご飯も出来上がり、芽依子と絢梨も席について食事会が始まった。


「・・・やっぱり、好物だけを作って並べるとちょっとバランス悪かったかな・・・。ごめんね、おばあちゃん」


「絢梨が謝ることは何も無いんだよ。仕方ないじゃないか。柑奈がこんな感じなんだから」


「ええ!何よ、お母さんまだ私に文句あるの!?餃子も茶碗蒸しも炊き込みご飯も赤こんにゃくも最高に美味しいわよ!」


絢梨はどうにも表情が晴れない祖母のことが気にかかっていた。もちろんそれは、料理のバランスが悪いからではないことも分かっていた。それでも、直接その原因を聞くのはなんとなく憚られた。そう思っていると柑奈が急に話題を変えた。


「そういえばお盆まで1か月も無いけど、今年もみんな帰ってくるの?」


「ふん。まあ、今のところ帰ってくるとは聞いてますけどね。」


「そっかー!!じゃあ絢梨はまた大量の料理大変だね。」


前島家は一族で大きなローカルスーパー・ショッピングモール『前島ストア』を経営している。絢梨の曾祖父が今から80年前に滋賀で始めた小さな商店を起点として今では、滋賀・京都を中心に関西全域に出店している、まあ言ってしまえば誰もが知る大企業の一族ということだ。毎年お盆には20人前後の家族がこの本家に集まってくる。そこでも絢梨は毎年、料理番を務めている。


「まあ私は、好きでやってるから全然良いんだ」


「昨日ね、賢三から電話があったのよ。」


「え?お兄さんから?」


前島賢三は現・前島ストア社長で、前島4兄妹の長男、つまり絢梨の母の兄である。


「時期的に今年のお盆のことかと思えば全然違ってね。もう本当に・・・情けない」


「・・・?おばあちゃんどうしたの?」


「・・・夏休みの間、こっちで涼のことを預かってほしいって言うんだ」

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