第23話 お兄ちゃんは好きなんです!

「タクマ…様?」


デュランダルが消え、呆然としていたタクマの背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「アリス…?」

「ええ!アリスです!でも、タクマ様、なんだかお体の色が薄いような…。」


「タクマ!」


その少し左手の方で、気が付いたローエンがフリートとドロシーを介抱しながら、こちらに手を振っている。タクマは力強く手を振り返すと、安堵の表情を浮かべる。


「良かった。みんな生き返ったんだね。」



「お兄ちゃん?お兄ちゃんなの!?」


広間の端の方では、先代の勇者が、妹との突然の再会に、状況が掴めていない様子ではあるが、にこやかな顔で応えていた。



「タクマ様!」


アリスの声で、また我に帰る。


「ごめん、時間がないんだアリス。これでお別れだ。」

「嘘ですよね?せっかくまた会えたのに!」


そう言いながら戸惑うアリス。


「…好きだ。」

「そんな突然!」


一瞬、満更ではない表情を浮かべるアリス。だが、再び戸惑い顔に戻る。


「アリス、説明してる時間がないんだ。詳しくはエリーナから聞いて欲しい。端的に言えば、俺はこれで消えてしまう。本当は君を残して行くのは嫌だけど、でも俺は元々この世界の人間じゃない。全てが元に戻る。これでいいんだと思う。」

「嫌です!そんなの!良くありません!」

「君が死んだままの方が嫌だよ。」

「でも、こんなのって…。」


そう言うアリスの口元を、唇で思いっきり塞いだ。不慣れであるからか、少し勢いが強かった気もするが、そんなことは、些細な問題でさえない。

タクマは突然の自分の行動に驚いたものの、そっと唇を離した時には、もうお互いの思いは確認することが出来ていた。


「ごめん。本当にごめん。みんなともっと過ごしたい。酒でも飲んでさ、ローエンとフリートとドロシーとアリスと…みんなで…みんなで…。」


今度はタクマの方が、感情を抑えられなくなっていた。男には、こういう時、未練がましく引きずる特性が備わっている。頭では分かっていたことが、感情では理解できていない。


「タクマ様は知っていますか?」


アリスを見ると、とても穏やかな顔をして、優しく微笑んでいた。その視線は、この別れの瞬間を見てはいない。もっと先、いや、もっと前だろうか。かけがえのないもの、それをしっかりと見据えていた。そして、とある話を始める。


「大陸の西の方では、愛する者に、指輪を送る風習があるようです。」

「う、うん。」

「だからこれ、差し上げます。大事にしてください。」


そう言うと、アリスは自身の指にはめていた宝具の指輪をそっと外し、タクマの指に挿し替える。


「タクマ様は少し手が大きいので…薬指なら、入りそうですね。」


「え、えっと、俺も何かあげないと…。」


そう焦るタクマを、アリスは上目遣いで見つめる。そして、口元に指先を添えながら、こう囁いた。


「もう、もらいましたよ。」


どうしてタクマはアリスと別れなくてはいけないのか。この世の不条理を呪うと共に、一つの真実にも気が付いていた。


「…アリス。君のこと忘れないよ。」

「ええ。私もです。」


強く抱擁を交わす2人。だがアリスには、その力が少しずつ弱くなり、やがて消えていく過程が、しっかりと認識できていた。


そしてタクマもまた、ゆっくりと目の前が暗くなり、次第に何も感じなくなっていく。その意識が消え去るまでの温かい時間の中で、タクマは勇者として自分なりに答えを導き出そうとしていた。


「俺がこの世界に来た意味はあった。今こうして辛い別れを選択した意味も。別に全てを理解してコントロール出来るわけじゃない。だから、自分から動いて何かを為そうとしたり、それが見つからないならば人の為に生きることが大切だったりするのかな。」


「…デュランダル、これ合ってるかな?」


「って、返事が来る訳ないよな。あーあ、次はどんな世界に飛ばされるんだろうか。まあ、来世では頑張ってみるかな〜。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る