第22話 お兄ちゃんは願うのです!

魔王ラローン。後世における彼の評価は、大きく二分されている。

「旧体制の破壊者」と評価される一方で、その破壊衝動に従順であった晩年の言動から、「虐殺者」との汚名を着せられることも多い。ただ、どちらも事実である。


「勇者となった頃のラローンは、極めて献身的だった。」


デュランダルはタクマの質問にこう答えた。そして、こう続ける。


「その献身さを持って、世界に尽くした。幸い、実力が高かったので、仲間を犠牲にすることはなかったんだよ。そこが、タクマとは違う点だな。」

「耳の痛い話だ。デュランダルはデリカシーがないな。…じゃあ、ラローンは何を犠牲にして、何の祝福を受けたんだ?」

「…勇者たる自分自信を否定して、世界を壊すという願いを叶えた。」


「そういうことか。では2人目の、エリーナの兄は?」


「彼は少し特殊な例だ。祝福とは少し違って、勇者の剣として私が授かった力を使ったんだ。」

「どういうことだよ。」

「彼はね、私が谷底に打ち捨てられ、流された先の湖のほとりに住む純朴な男の子だったんだ。そして、世界の置かれている危機的状況に対し、立ち上がる勇敢な心も持っていた勇者だった。だから頼んだんだ。私の片割れとも言える刀身を触媒として、この街を秘匿する結界を張るようにとね。だから私には、実態としての刀身が欠けているのだ。」

「そんなことが。」

「それは強力な魔法だが、私の魔力量なら問題ない筈だった。だけどね、彼は優しすぎたんだ。自分を犠牲にしてまでも、より広範囲を包もうとしてしまった。そして、その献身さに対して得た祝福で、タクマ、君の転生を願ったんだ。妹を守ってくれるようにとね。」


「デュランダル、お前は全部知っていたんだな。」

「ああ、そうだ。黙っていてすまない。」

「俺にも、祝福は授けられるのか。」

「その筈だ。一体何を願うんだ?」


「死んだ皆の蘇生。」


「…確かに神の領域にも踏み込めると言ったが、死者の蘇生は禁忌だ。禁忌術を使用した者の行く末は、ローエンを見た通り、その代償として命を失うことになる。」

「それでも、だ。」

「そうか。最後まで勇者らしい選択だな。私はお前を誇りに思う。」


「最後に、エリーナに話がしたい。真実を伝えたいんだ。」

「ああ。そうするといい。」



「エリーナ、メルティ。少しいいかな?」

「お兄ちゃん、どうしたの?」


そんな目で見ないでくれエリーナ。タクマは、この優しい女の子に、デュランダルから聞き及んだ真実を伝えた。そして、これから何を始めようとしているかも全て。

エリーナもメルティも、静かに、時折涙を堪えながら、その話を聞いた。


「だから、俺は本当のお兄ちゃんじゃないんだ。ごめ…。」


そこまで言いかけて、エリーナが、タクマの胸元に飛び込んでくる。


「そんなことない!お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ!私の自慢のお兄ちゃんだよ!」

「エリーナ…。」


そしてその後からそっと優しく、メルティも手を握って、こちらをじっと見つめている。


「エリーナ、そんなに泣かないで。別れが辛くなっちゃうよ。」

「そんなこと言わないで!お兄ちゃん行かないで!」

「エリーナ。」


抱き着いてワンワンと泣き続ける少女の肩をそっと自身から離し、勇者はスッと立ち上がる。そして、天に柄のみとなったデュランダルをかざし、高らかに叫んだ。


「我が名は勇者タクーマ!湖畔の少女の兄にして、世界を救いし勇者なり!」


エリーナはそれを聞くと、更に大粒の涙を流して、メルティの膝に顔を埋める。

この年の少女にとって、人生で2度も肉親を亡くすというのは、どんなに悲しい経験であるか。それは勇者にもよく分かった。


「さようなら、エリーナ。メルティも元気で。父さん母さんにもよろしく。」


消え入るようなメルティの返事を確認すると、勇者は広間の中央に立ち、禁忌術の詠唱を開始した。


「我は祝福を受けし勇者タクマ。死神よ!我が魂と引き換えに、勇敢なる者達を、天界より再び地上へ!」


そう言い切ると、デュランダルが突如として割って入る。


「以上の願いの代償を我が引き受け、彼に一刻の猶予を与えたまえ!っと。」


「デュランダル!?何を言って…。」

「気にしないでくれタクマ。」

「いや、気にするだろ!」

「私は最初からこうするつもりだったんだ。もう、聖剣の役割は終わったからな。」

「だからってこんなこと。それに、お前に祝福はない筈だ。」

「勇者の剣だぞ?あるに決まっている。」

「そんな…。」


「タクマ。我が友を止めてくれて、みんなを救ってくれて、本当にありがとう。これはせめてもの礼だ。だけど、禁忌の全てを引き受けることは出来ないんだ。」

「待てよデュランダル!」

「まあ聞けよ。お前もじきに、禁忌の代償としてこの世界から弾かれる。猶予は少ししかないから、アリスにしっかり思いは伝えるんだぞ。では、さらばだ。友よ。」


そう言うと、デュランダルは段々と淡くなり、そして消えた。


「デュランダルゥウ!!」


その後には、その名を叫ぶタクマの叫び声がこだまするのみであった。

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