第21話 お兄ちゃんは倒したんです!
この日、勇者は何もかもを失った。仲間は誰一人残らず、自分だけが生き残った。
しかし、得たものもある。それは、魔王の討伐という快挙だ。当初の目的であった筈の魔王討伐を果たせたのだから、犠牲に見合う収穫はあったと世間は評価するであろう。何より、世界には平和がもたらされた。
「お兄…ちゃん?」
魔王の魔力が解けて、城の牢獄が解放されているようだ。
そうやって広間まで出てきた多くの群衆の中に居た女の子が、自分を見て、確かにそう言った。
「エリーナ。エリーナじゃないか!」
「タクーマ様!」
「メルティもいるのか!」
あれほど待ち望んだ、大切な妹との再会である。一気に顔に生気が戻り、駆け出すタクマ。だが、十歩ほど進んだところで段々とスピードを緩め、そのまま地面に崩れ落ちてしまった。
「みんなぁ、みんなぁ!」
勇者は声を上げて泣いていた。
「そろそろ落ち着いた?なにがあったの?」
タクマは傷だらけでもあったので、エリーナとメルティの介抱を受けながら、ひたすらに泣き続けて居たかと思えば、深刻な顔をして下を向いたままになったりもした。それを心配して、エリーナは事の詳細をタクマから聞き出そうとしていたのだ。
そして、タクマは今までの冒険の日々を、ポツリ、またポツリと、エリーナやメルティ、そして勇者を一目見ようと周囲に集まっていた群衆に話し始めた。
街から出てすぐ幹部と戦った事。ウラヅチでアリスと出会い、エルフの街ではドロシーやローエンとフリートに出会った事、そしてその4人と共に、魔王に立ち向かい、討ち滅ぼしたこと。
「でも、俺じゃないんだ。勇者失格だ。」
タクマは正直に、魔王討伐の功績が自分にはないことを強調した。
群衆の中には、それを聞いて勇者のそばから立ち去る者も居た。
「そんな事ない。お兄ちゃんは勇者だよ。」
「そうです。私達は助けて頂きました。」
エリーナもメルティも、努めて明るく、その功績を讃える。それは一部を除いた周囲の群衆も同じで、ただ、そう言われれば言われるほど、自身の無力さに苛まれる。
「タクマが冒険を始めてくれたお陰だ。」
ずっと黙っていたデュランダルが、ようやく口を開いた。
「お前が勇気を出して冒険を始めたからこそ、仲間が集い、力を合わせて魔王を倒せた。トドメを差すことだけが、勇者の証左となるわけではない。」
「そんなことは分かってる。だけど、勇者は皆を守る存在だ。」
「ああ、多くの民達を守ったではないか。」
「仲間を1人も守れなかったぞ!」
「仕方のないことだ。皆覚悟は決めていた。それに…少し、昔話をしてもいいか?」
「そんなこと今更…。」
「今だからこそなんだ。ゆっくりする時間もあるだろうしな。」
少し1人にしてくれ。タクマはそう言って皆の元を離れ、広間の奥、魔王の鎮座していた玉座のそばに、腰を下ろした。
「それで、昔話って何だよ。」
ぶっきらぼうに話を促すタクマ。デュランダルはゆっくりと慎重に話し始める。
「エリーナの本当の兄についてだ。」
「なんだって?」
湖畔で目を覚ました時、顔を覗き込んでいたエリーナ。確かに、彼女からはずっとお兄ちゃんと呼ばれている。
そのことから、本来の兄が居たことは明白であるし、名前もよく似ていた。
都合が良かったので深くは聞かなかったが、長い間失踪している様子だったことは記憶にある。
「彼、つまりエリーナの本当の兄であるタクーマ。奴は、この世界で2番目の勇者だったんだ。」
「そうだったのか。じゃあ、彼はもう。」
「ああ、死んだ。」
「…。」
しばしの沈黙の後に、デュランダルは続ける。
「そして1番目の勇者は、先程倒した魔王ラローン。タクマ、お前は3人目だ。」
「そうだったんだな。」
「そして、お前を含めた勇者3人には、共通点がある。」
「まどろっこしいな。全部一気に話してくれよ。」
「…分かった。」
「いいかタクマ。この世界において、勇者が勇者たる理由は、その強さや信念の有無ではない。自身の犠牲をもって、人々に報いるか否かだ。」
「…よく意味がわからない。」
「勇者は結果としての呼称であって、予め用意されているものではないんだ。」
「でも、今まで俺のことを勇者って…。」
「ああ、勇者足り得る器の持ち主が、お前しかいなかったからだ。だが、今は結果的に勇者タクマだ。誰が何と言おうともな。」
「だとしても、そんな称号を付けられたところで、もう何の興味も意味もない。」
この時タクマは、思考を完全に放棄していた。勇者となった結果に待つものが、苦労と仲間の犠牲しか無いならば、なんと報われない偉業であるだろうか。
「1つだけあるんだ。この世界で勇者となった者への褒美が。」
「褒美…?」
「ああ、祝福と呼ばれている。」
「それは何だよ。」
「願いが叶う。」
「何だと…?」
「願いを叶えることが出来るんだ。人智を超えた神の領域にも踏み入れる。それが祝福の力だ。」
突如差し込んだ光明と、ちょうど時を同じくして、魔王城を包んでいた闇が晴れていく。
世界を救った勇者のみに与えられる祝福の力とは。そして、タクマはそれをどう行使するのか。
「デュランダル、もし願いが叶うのならば…。」
「ああ。」
「俺は…。」
「…その前に、教えてくれ。前の2人の勇者は、その祝福で、何を叶えたんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます