第20話 お兄ちゃんは起きるんです!

「魔神の戦い。」


魔王ラローンがそう表現した戦いは、壮絶なものであった。

タクマとローエンが吹き飛ばされ、治療を受けざるを得ない状況に追い込まれたパーティには、その攻撃を止めることができない。実質的な戦力は、アリスとフリートの2人だけである。さらに、アリスは2人を防御結界に包むだけで精一杯の状況だ。


「アリス…ローエンとタクマを頼む。」

「ダメですフリートさん!2人が起きるまで待って!」

「魔王は待ってくれないさ。」


「その通りだ。」


覚悟を決めてフリートが魔王の懐に飛び込み、渾身の力で戦鎚を振り抜く。当たった。確実に腹に当たっている。


「そのスピードや良し。だがその武器は、敵を屠る武器にあらず。」


フリートの攻撃を全て受け切った後に、魔王は一撃目で戦鎚を破壊。そしてニ撃目は、フリートの体に風穴を開けた。


「別れを言う時間をやろう。」


魔王はそうとだけ言って、真っ赤に染まった剣をゆっくりと引き抜く。


「ロー…エン…。」


振り返ると同時に、ふっと微笑んで、フリートはその場に倒れ込む。


「フリィィイイイトォォオオオオ!!」


ドロシーの回復魔法が発する淡く小さい色合いの空間の中で、一部始終を見ていたローエンが、激昂して魔王に突進していく。


「まさかここまで力が残っているとはな。さすがに効いたぞ、ホーリーエルフよ。」


ローエンの一撃も、見事に魔王を捉えるが、力の差は歴然であり、致命傷には至らない。


「さらばだ、美しきエルフの雄よ。」


傷だらけではあるものの、その気高くも美しい立ち姿を名残惜しそうに眺めながら、魔王は魔剣を振りかざし、そして、振り下ろす。

だがこのエルフは、華麗な身のこなしでその剣を躱し、フリートの体をドロシーの魔法陣に滑り込ませる。


「フリートを治してくれ。」

「…無理です。」

「治してくれ!」

「死は…死は治せないんです!」

「っ…!」


涙をボロボロに流しながら懇願していたローエンは、その一言で、鬼の形相へと変貌する。


「お前だけは…殺す。」


そう呟くと、月下に剣をかざし、禁忌の呪文を口走る。


「百鬼術・夜行。」


途端に辺りは闇に包まれ、その暗闇に無数の瞳が浮かび上がる。


「百鬼に遭遇すること即ち死。たった今、百鬼と血判を結び、我は死となった。」


もはやエルフとしての原型を留めず、その血肉は灰に代わる。骸となったローエンが魔王の体に取り憑き、そして消えた。


「…タクマ、あとは頼んだぞ。」


かすかだが、そう聞こえた気がした。


「…起きろ。起きろ!タクマ!」

「!!」


強烈な一撃で気を失っていたタクマの瞳に、光が戻っていく。だが、頭がボーッとしていて、状況が掴めない。


「小賢しい真似を。高貴と名高いホーリーエルフが、このような邪神の術を…。」


そう強がる魔王だが、なにやら様子がおかしい。


「私が…死ぬのか?」


指先から徐々に、血肉が灰と化していく魔王。


「だが、ただでは死なんぞ。」


そう叫ぶと、魔剣の一撃でアリスの防御結界魔法をかち割る。


「私の結果が…。」


そう呟く一瞬のうちに、アリスと、アリスに守られていたドロシーは、崩れゆくラローンの魔の手に捕らわれた。


「やめろぉぉおおお!」


ようやく目を覚ましたタクマだが、その叫びは虚しく、2人の命の息吹は、魔王と共に消えかかっていた。


「デュランダル!!」


聖剣に手を掛けるが、時既に遅しである。


「タクマ…タクマ…タク…。」


その渇いた叫びを最後に、2人は灰と化してしまった。


「フハハハハ!!」


魔王の勝ち誇ったような高笑いが、その生命が絶えた後も、耳に残っている。


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