第19話 お兄ちゃんは頑張るんです!

「いよいよ、ここまで来たんだな。」


タクマは、そう言って仲間たちに覚悟を促す。道中、共に過ごした時間は短いながらも、戦いの中で築いた絆というものは、日常の中で得られるものとは全く違う。

古くから、戦友と表現されるその感覚は、この勇者一行にも例外ではなく、彼らは強固な信頼関係で結ばれていた。


「行きましょう。魔王の元へ。」


そうローエンが呟くと、まず初めにフリート、その後にアリスとドロシーも応える。


かつて、女幹部ザベスとの戦いにおいて、魔王と会敵した勇者達。その時は、歯が立たなかったことから、その実力の差という壁の存在に、圧倒されていないと言えば嘘になる。

だが、それでも彼らは戦わねばならない。ここまで辿り着いた冒険の日々がその自信を、一緒に戦ってきた仲間の存在がその勇気を、不当な暴力に苦しめられる妹や人々の悲しみがその使命を、彼らを突き動かしたのだ。


「デュランダル、頼むぞ。」

「ああ、任せろタクマ。」


強さとは、一朝一夕で得られるものではない。長い鍛錬の末に獲得するものだ。だが、今の世界にそんな時間的余裕はない。今持っている力の全てを、全力で叩き込む。それでダメなら元々だ。


「行きましょう、タクマ様。」

「ああ。だけど様はやめてくれよ、アリス。」


「行くぞ…デュランダル!」


タクマがそう叫ぶと、神聖な光が彼を包み込み、この禍々しい魔王城の一角を明るく照らした。

フリートの戦鎚で城門を砕き開けると、その先には円形の広間が広がっており、最奥の玉座にその姿はあった。


「…待っていたぞ。」


紫や紅や黒が混じった液体を、全身に浴びた魔王が、そこに座っていたのである。


「何をしたんだ。」


タクマがそう尋ねたのには理由がある。なぜなら、広間には数体の骸が転がっていたからだ。

しかし魔王は、その骸に見向きもせずにこう言い放った。


「手下共を殺したんだ。」

「なぜ殺したんだ?」

「弱かった。何人いたところで、貴様らの敵ではない。」


「そうやってお前は、また他人を都合の良いように利用しやがって。」

「利用される程弱いのが悪い。私は、自分の力で世界を変えた。それが出来ない者は、大人しく蹂躙されていれば良い。」


「お前だけは…倒す。」

「やってみるがいいさ。」


その言葉を合図に、激しい剣戟が展開される。タクマとデュランダルの連撃に、フリートの重たい一撃。隙を突こうとすれば、ローエンが割って入り、距離を取ればアリスの高位魔法が飛んでくる。ドロシーは何かぶつくさと唱えながら、回復魔法を重ねている。

てっきり手下を展開して戦力を分散してくると踏んでいた勇者一行は、あまりの善戦に拍子抜けをしていた。


「いいぞ!このまま押し切るんだ!」


この調子ならいける。魔王を倒せる。


「攻撃に夢中になりすぎたな。」


その刹那、フリートに向けて魔剣が空を鋭く切り裂く。金属が金属でないものを叩き付ける歪な音がした。周囲を静寂が包む。


「ローエン!!」


攻撃に割って入ったローエンは、その強烈な一撃を食らい、大盾を砕かれた。そして、衝撃が体に襲いかかる。しかしタクマは冷静だ。


「フリート、一旦ローエンを安全なところへ!」

「すぐに治す!それまで持ち堪えて。」


「勇者よ、そんな余裕があるのかな?」


4人ががりで圧倒していた敵だが、1人が欠けた瞬間に攻撃の勢いは衰えた。だが、逆にアリスにとっては味方を巻き込むことなく魔法が打てる。


「タクマ様!」


そう叫ぶと、広域魔法の詠唱に入る。宝具を纏い、身に付けたアリスの魔法の威力は、格段に上がっているはずだ。

次の瞬間、氷と重力の複合魔法で、魔王の行動を抑えにかかる。


「シャイニングバースト!」


そこに、タクマの連撃が容赦なく襲いかかる。また、ドロシーにローエンの治療を任せて戦列に復帰したフリートも、渾身の一撃を浴びせる。


「ローエンをよくもやりやがったなクソ野郎がぁ!」


戦鎚の一撃は、魔王の肘を捉え、そこから先の部分を抉り取った。

それと同時に、タクマのシャイニングバーストも、魔王の体を斬りつける。


「やった!」

「タクマ!まだだ!」


一瞬の油断だった。デュランダルには分かっていたことだが、戦いの経験が浅いタクマには隙が生まれてしまった。


「堕ちろ。」


この堕天を促す呪文は、タクマの精神を侵していく。堕天には至らないものの、勇者といえど、誘惑に惑わされないわけではない。ドンという強い衝撃と共に、タクマは意識を失う。殴り飛ばされた先、石の床が大きく抉れた。


「魔神の戦いを見せてやろう。」


魔王の体は、かつてないほど禍々しいオーラを放っていた。


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