第17話 お兄ちゃんは聞いてるんです!

「結婚おめでとう!ルダス、アルス!」


「ラローン、来てくれたのか!ありがとう。」

「貴方も早くお嫁さんを見つけなきゃね!」


「ああ、全くだ。だが最近忙しくてな。」


「そうなのか?何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。手伝うぞ。」

「仲間だものね。ああそうだ、またうちに来て?おいしいシチューを作るわ。」


「ありがとうな。またお邪魔させてもらうよ。ほら、時間だ。行っておいで2人とも。」


ラローンはそう言うと、努めて明るく、2人の花道を見送った。


魔王討伐から数年、世界は平和を取り戻し、人々は繁栄を享受していた。

それにより変わった者も居れば、変わらなかった者、変われなかった者も居た。


「今日も盗賊退治か。昨日は魔族の残党と、勇者稼業も相変わらずだ。なぁ、デュランダル。」

「ああ、全くだ。悲しいことに、世界はまだ我々を必要としてる。」

「さてと、こんなところでいいだろう。」


忘れられた魔王軍の砦を拠点に、周辺に被害を及ぼしていた魔族の残党を討伐し終えたラローン。しかし、その中には人間の姿もチラホラ混じっている。


「…それでいいのか。」


「まだ息のあるクズがいたか。」


ラローンはトドメを刺すために刃を振り下ろそうとしたが、次の一言でその手を止めた。


「勇者ラローンよ、お前はそれでいいのか。この世界に疑問を抱かぬか。」


「ラローン、耳を貸すな。」


デュランダルの警告を無視して、ラローンはふと聞き入ってしまった。


「我々も元はと言えば、お前らと同じだ。魔王を倒すべく、皆の為に戦った。お前らは結果的に魔王を倒し、今もその剣の腕を腐らせずに生きることが出来る。だが我々はどうだ?戦いが終われば用済み。皆の為に鍛え上げた力が、潜在的な社会のリスクとして疎まれる。自らの権利を守る為に武力で訴えたらこの様だ。」


「お前らに権利などある訳がないだろう。ただの犯罪者であり、殺人者だ。」


「ではお前はどうだ?魔王を殺した殺人者ではないのか?今もこうして、武力で我々の意見を封じている。何が違うんだ!」


「もういい。眠れ。」


「グハッ…。同じだ…お前も。」


「気にするなラローン。お前は悪くない。」


「あ、あぁ…。」


だが、ラローンの胸には、わずかだがしこりが残った。俺が殺人者だと?俺は正義の勇者だ。その正義とは、最大公約数の幸福を守ること。今こうして、力無き民衆が幸福に生きられる世界を作った。それのどこが悪いのだ。


「同じだ…お前も。」




それから更に数年後、勇者稼業を続ける勇者は、謁見の為に王都を訪れていた。


「久しぶりに来たな、デュランダル。」

「ああ、王陛下にお会いするのも久々だ。粗相のないようにな。」

「分かってるよ。全く。」



「おお、よく来られた勇者殿!」

「お久しゅうございます陛下。」


再会の宴は、大いに盛り上がった。この日の王宮は、魔王討伐以来の活気に満ち溢れ、王をはじめとする重鎮にとって、王国の更なる隆盛は確固たるもののように思われた。


「近頃、お仕事の調子はどうですかな?」

「ええ、反乱の頻度も減りました。魔王軍残党はもう壊滅状態です。勇者残党の方は実態の把握が難しく、なかなか。」

「ほほう、それは結構。」


王はそれだけ言うと、急に神妙な顔になり、こう告げた。


「ところで勇者殿、ここらへんは賊の平定も済んだことだし、少しの間、辺境でその腕を振るってみないか?」

「は、はぁ。」

「所領や生活に必要な設備も提供するし、辺境はまだ不安定だ。ぜひとも、お願いしたい。」

「陛下がそうおっしゃるなら。お任せください。」

「おお、これは頼もしい!」


王宮の歓声とは裏腹に、ラローンにはその意図が見え透いていた。大方、平和な時代に勇者の武力を疎ましく思う連中が王宮にはいるのだろう。体のいい厄介払いである。


「ふん、俗物どもめ。」

「そう言うなデュランダル。仕事があるだけありがたい。」


謁見から日をおかず、ラローンは早速辺境へ旅立つ。誰にも別れを告げなかった。すぐに帰るつもりでいたからだ。一年も居れば、あらかた敵は片付くだろう。そう見積もっていた。


「ここが新居か。」


寂れた洋館は、内装こそ整っているものの、王都の華やかな邸宅には遠く及ばない。

辺境領主とは、噂通り有名無実と言うに相応しいだろう。

その寂れ具合の通り、この地方には活気が少なく、小競り合い程度で大きな事件もまるでない。


それによりこの頃から、ラローンは急激に孤独を意識するようになる。

ただただ日々を浪費している感覚に侵され、王都への帰還命令も一向に出ない。

それを払拭するかのように、領地の生産力改善や、自警団を組織化して辺境防衛隊と名付け、残党との戦いを指揮するなど、辺境の地力向上に努めた。


そんな中で、とある事件が発生する。


後にラローン疑惑と呼ばれるこの事件は、勇者であるラローンの名声を大きく失墜させた。

ある時、ラローンは事務作業で洋館に籠りっきりになっていた。それを狙うかのように、村々を狙った大規模な略奪事件が発生したのである。

数人の怪我人が発生したので、ラローンはすぐに辺境防衛隊を動員し、盗賊の根拠地を発見して全滅させた。だが、その犠牲者の中には、誘拐された善良な領民や、事件と無関係の小悪党が含まれていたことが、後に判明。更には、増長した辺境防衛隊の一部が、逆に狼藉を働くに至った。


平和に浸っていた王都周辺の民衆は、元勇者傘下組織のこの不手際に衝撃を受け、糾弾した。

また、事件の調査団として派遣された王都親衛隊が、ラローンの責任を追及したことから、その糾弾は度を超えたものへと発展する。

辺境で孤独に苛まれるラローンは、元勇者としての体裁と、理不尽な追求に暴発しそうな自身の感情との狭間で、苦しむことになる。


火種は燻り、あとは燃焼の機会を待つのみであった。


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