第16話 お兄ちゃんは聞きたいです!
魔王ラローンを、みすみす取り逃したことに悔しさを滲ませるタクマであったが、仲間達の無事を確認すると、安堵の表情を見せた。
「デュランダル、聞きたいことがある。」
「ああ…。」
重い空気の中、タクマは尋ねる。
「魔王を古い友だと言っていたが、どういうことなんだ?」
「説明する。」
そう言って、長い沈黙を経た後、デュランダルは口を開いた。
「現魔王ラローンは、先代の魔王を倒した勇者だった。」
「なんだって?」
「そして、私はラローンと共に旅をした。魔王を倒す旅だ。私は、勇者の剣だったんだ。」
「そんな…。」
アリスは目に涙を蓄えて、驚きに満ちた表情を浮かべた。
ローエンとフリートは、下を向いたまま。ドロシーも、何か考えているような素振りを見せているが、動揺は隠しきれない。
「なぜ黙っていたんだ。」
タクマは怒りを抑え込むように、努めて冷静に、そう尋ねた。
「怖かったんだ。その事実を知った勇者が、またラローンのように堕天するのが。」
「絶対にしない。そんなこと。」
「そうとは言い切れない。ラローンも昔は、気のいいお調子者だった。タクマのように、純真で、女が好きで、時に男らしい。お前はそっくりだ。」
この場にいる誰もが、2人のどちらの肩を持つこともしなかった。
「お前は分かっていない。」
しかし、タクマはキッパリと断言する。
「俺とラローンの会話を聞いていなかったのか?アイツと俺は、決定的に違うところがある。」
「同じだ。同じじゃなくとも、近い存在だ。」
そう言うデュランダルにそっと手を掛けながら、タクマは語りかける。
「俺は、人の生き血をすすって生きることはしない。人の血となり、肉となる、それが勇者だ。そこが違う。」
「そうですわ!」
アリスもすかさず同調する。
ローエンも、フリートも、ドロシーも、それを聞いて立ち上がる。
「その通りだ、勇者タクマ。それを聞いて安心した。私は貴方と共に征く。例え貴方が道を違えれば、我が盾でそれを阻もう。」
「ローエン…。」
「ったく辛気臭い。その時はローエンと共に、アタシがこのハンマーでぶっ潰してやるよ。安心しろタクマ。」
「堕天したような人に回復魔法は使えませんからね。もったいない。」
タクマは、込み上げるものを抑えきれず、顔を覆う。
「みんな、ありがとう。」
「私が間違っていたよ。」
「デュランダル…。」
「確かに、お前はラローンとは違う。何より…。」
デュランダルはそう言うと、昔の記憶を呼び起こす。それは、世界がまだ先代の魔王に抗っていた時代。英雄と共に、聖剣が駆け抜けた、激動の時代。
「…デュランダル。おいデュランダル!」
「ああ、すまない。夢を見ていたようだ。」
「夢だと?お前は魔王を前にして昼寝をぶっこいていたってか?変わった奴だ。」
若きラローンはそう言って、聖剣の名を叫ぶ。魔王を前にして、最後の戦いに挑もうとしていた。
「想いの剣デュランダルよ!力を貸せ!」
「ああ。ラローン、共に魔王を倒そう!」
「当たり前だ!」
当時世界最強と呼ばれ、名声を集めたパーティがあった。彼らは、勇者を筆頭に、世界最硬のタンク、世界最高位の魔女で組まれていた。勇者の剣デュランダルと共に、魔王討伐の期待を、全世界から集めていた。
彼らは、世界の期待通り、あっさりと魔王を倒した。ただ、あっさりと言うと語弊がある。それなりの苦労はあったが、メンバーが欠けることもなく、成功したという点で、周囲からはあっさりと倒したように映ったのである。
そのお陰で、世界は平穏を取り戻すことが出来た。魔王に囚われた人々は故郷に戻ることが出来たし、破壊されたインフラや制度の復旧で、大陸の経済は潤った。
王は救世主と呼ばれて民衆の信頼を得たことで、改革が進められ、ハード面のみならずソフト面での進歩も見られた。
だがその一方で、負の遺産も残されていた。魔王討伐を狙うパーティは他にも多数いたし、その脅威から民衆を守ることで生計を立てるものも多かった。戦時体制の無秩序下で、グレーな仕事を生業としてのし上がった者も少なくない。
そうした連中も、戦後の好景気で一定数は社会へ溶け込めたが、溢れた者は数え切れなかった。
戦時体制下の違法行為の否定、負の遺産は、社会の潜在的なリスクとして、禍根を残したのである。
それが火種となって表面に現れるのは、もはや時間の問題であった。
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