第14話 お兄ちゃんは大変です!

険悪な空気感を打破するための休憩であったが、どうやら余計にギクシャクする結果となってしまった勇者一行。


「あーあ、相手候補がいないのは私だけかぁ。」


この魔法少女ドロシー、小さくて愛らしい見た目に反して、言葉はかなり鋭い。


「おいおい。妹タイプのドロシーには、このタクーマお兄ちゃんがいるじゃないか!」

「はぁ。勇者様それ本気で言ってます?」


あれ?パーティからの視線が痛い。

誰かさんからの視線が特に。


「そもそもパーティメンバーに手出すなんて、犯罪ですからね?」


前科者に容赦ない言葉を浴びせるドロシー。もう、魔法少女なんて嫌いだ!



「止まれ!何か来る!」


ローエンと一緒に歩くのを急に恥ずかしがり、少し前方で歩を進めていたフリートが、警戒の号令を出す。


「魔散弾!」


「皆さん、僕の後ろに!」


高位魔法の呪文にいち早く反応したローエンが、頑強な盾を構えて皆を守る。


「ローエン!」

「この程度なら大丈夫です。さあ勇者様、ご指示を!」


そう急に言われても、指示なんか出したことはない。


「え、あ、え。」


テンパっている間に、見覚えのある敵が姿を表す。


「あら勇者さぁん。お久しぶりねぇ。」


こいつはいつかの女幹部!あの肉感、スタイル、忘れられる筈がない!


「タクマ!まだそんなことを!」

「分かってる。分かってるんだ。」


デュランダルの叱責に、妙に反抗心を持っている自分がいる。


「行くぞ!デュランダル!…あ、あれ!?」


解放の決めゼリフも不発で、光る刀身が発生しない。


「タクマ!心を落ち着けて、信じるんだ。」

「分かってる!今やってるよ!」


慌てるタクマとは反対に、パーティメンバーは落ち着いていた。


「勇者様をサポートしつつ動きますわ!ドロシー様は前衛の回復を、隙を見て私は魔法で敵を足止めします。ローエン様は皆を守りつつ、フリート様は遊撃を!」


「おうよ!!」


それにいち早く呼応したフリートが、敵の軍勢に一撃を浴びせる。その破壊力にたじろぎ、足の止まった集団は、格好の魔法の餌食となる。


「アイス・リング!」


広域魔法を放ったそばからドロシーが回復させるので、魔力が枯渇せず、その威力はドンドンあがっていく。

氷に飲み込まれた軍勢は、なす術なくその場に立ち尽くす。


「もう、使えない魔人だわねぇ。仕方ないわぁ。これでも食らいなさいねぇ。」


女幹部はそう言うと、指先に禍々しい闇を溜め込み、アリスに狙いを定める。


「アリス!」


それを見ていたタクマは焦るが、その焦りが、デュランダルとの同調を更に狂わせる。


「クソっ!どうしてだっ!」

「タクマ!落ち着け!」


「勇者様、問題ないですわ!ホーリーウォール!」


指先から放たれた闇のエネルギーを、ホーリーウォールは吸収する。だが、様子がおかしい。まさか…!?


「どうして!?威力が上がっている。」


「ふふふぅ、魔王様から頂いたこの力はぁ、特別なのぉ。」


そう言いながら見せつけてくる彼女の指には、漆黒のリングがはめられている。


「そ、それは…お父様の…。」


嫌な予感が的中した。アリスの家が所有する宝具が、またもや敵に利用されている。


「返せぇー!」

「ダメだアリス!冷静に!」


そう呼び掛けるタクマが冷静ではない。


「死になさいねぇ!」


魔力を強めた闇のエネルギーが、遂にホーリーウォールを打ち砕き、アリスを襲う。

すかさずローエンが間に入り攻撃を防ぐが、まともに食らってしまった。


「すぐに治す!勇者さん、早く戦って!」


ごめんドロシー。わかっている。戦わなくちゃいけないって、分かっているんだ。誰だって、仲間が傷付く姿なんて見たくはない。

これまでは、そんな辛い思いをせず、トントン拍子で来られたじゃないか。


でも、今は窮地に立たされている。なぜだ?


「もう終わりねぇ。勇者さぁん。」


女幹部の指先が、タクマを照準に捉える。

ああ、あんなものを食らえば、ひとたまりもない。助けてくれ…。


勇者は、自分の不甲斐なさを呪うよりも先に、誰かを頼ろうとした。


でも、フリートは敵に釘付けにされているし、ローエンもアリスを庇って精一杯だ。ドロシーは回復魔法しか使えないんだったな。


「タクマ!諦めるな!」


デュランダル、そう言ったって、もう無理だよ。君が同調してくれないんじゃないか。


それに、俺みたいなポンコツを勇者にした時点で、こんな結末は分かっていた。俺よりも、もっと強い奴がいるはずだ。

そいつとコンビを組んで、魔王を倒せばいいじゃないか。また転生させて、やり直せるんだろ?


「魔閃光!」


ああ、さようなら。もう俺の冒険はここで終わりだな…。


「…めるな。」


…誰の声だ?


勇者の脳内に、直接語りかけてくる声。若い、それも10代くらいの、男の子の声だ。


「諦めるな!」


デュランダル…ではないな。普段は女の子の声だもの。

でも、もう遅いって。今更逆転なんて無理なんだ。



「妹を助けてくれ!タクマ!」



「…っ!」


その声が聞こえた刹那、タクマは、自身が気付かぬうちに叫んでいた。


「デュランダル!!」


眩い閃光がタクマを包み、黄金色の刀身がデュランダルに宿る。迫り来る魔閃光は、デュランダルの一振りで弾き返された。


「弾いたですってぇ!」


「みんな…ごめん。」


「勇者様!」「勇者!」


仲間達の声がする。誰もが希望を失いかけていた。その一筋の光を、タクマはギリギリで掴み取ることができた。


「俺、ずっと勘違いしてた。みんなの力を借りて、簡単に魔王を倒して、俺は添え物で楽々クリアできるんだろうって。でも、今分かった。俺もやらなくちゃ。俺がやらなくちゃダメだったんだ。」


ドロシーの回復を受け、かろうじて立ち上がり、アリスは呟く。


「勇者様…。よかった…。」


「アリス、守れなくてごめん。こんな傷だらけにして。ずっと浮かれてたんだ。妹だの、異世界ハーレムだのって。俺はこの世界に責任を持つ人間じゃないと思っていた。でも、みんなが傷付いて、死ぬかもしれない状況になって、分かったんだ。この世界の人は苦しんでいる。不当な暴力に虐げられている。助けられるのは、勇者である俺だ。だから、俺がここにいるんだ。」


そう言うと、少し間を置いて、タクマは心の底にある思いを吐露した。


「俺、頑張るよ。君と、君たちと、もう一度、美しい世界を見たいんだ!」


その時アリスは、エルフの街で見た美しい景色を思い出した。彼女もまた、あのような美しい風景、それを取り戻した世界を、見てみたかった。


「私も…。私も見たい!みんなと、そして、あなたと!見せてください。私達の本当の世界を!」


勇者タクマは一通り思いを吐き出し、アリスの無事を確かめると、照れ臭そうにニコリと笑い。もう一度、相棒の名を叫んだ。


「デュランダル!!」


相棒は、見事にそれに呼応する。


「待っていたぞ、勇者。共に行こう。」


「デュランダル…想いの剣デュランダルよ、その力を示せ!」


そう叫ぶと、剣に光が蓄積されていく。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、アリスの前にタクマが現れたかと思うと、その手に、父の宝具である指輪を渡した。


「お父さんの指輪だ。アリス、これは君にこそふさわしい。」


「ギャァァア!この勇者めぇ!いつの間にぃ!」


この女幹部、タクマから不意の一撃を食らうと、お淑やかな口調を忘れ、禍々しい本性をあらわにしている。


「これが想いの力だ。信じる力だ。食らえ、醜い魔人め。」


タクマはそれだけ呟くと、剣を振りかざして、女幹部に渾身の一撃を加えた。防御のスキすら作らせない完璧な攻撃は、この女幹部の急所に致命傷を与えた。


…筈だった。


次の瞬間、あたり一面が闇に包まれ、地面に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、漆黒の衣を纏う男が現れて、こう言った。


「久しぶりよのぅ、デュランダル。」


得体の知れぬ戦慄が、一瞬で辺りを支配した。

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