第10話 お兄ちゃんは出会うのです!

「ヒイ…ヒイ…。」


アリスを背負った旅路も、開始から数時間というところ。タクマの脚部は既に限界であった。


「ゆ、勇者様。ご無理はなさらないで!ゆっくりなら歩けますから。」

「いや、大丈夫だよアリス。心配しないで。」


明らかに大丈夫ではなかったが、柔らかい太ももと、背中に当たる胸部の感触を堪能したい一心で、タクマは限界を超えた。

次の瞬間、バタりと倒れて、立ち上がれなくなってしまったのだ。


「勇者様、申し訳ありません!私が不甲斐ないばかりに。少し休みましょう。」

「ああ、そうしてくれると助かるよ。でも、こんなところで休んでたら、敵の追っ手に見つかった時…。あっ。」


さすが一級フラグ建築士である。悪い予想とは、ことごとく当たるものだ。その数十分後。


「見つけたぞ!獲物だァ!」


魔人の一団が、休息中の勇者一行を襲ったのである。


「マズイですわ。この密集した森の中では、広域魔法の効果が減衰します。それに勇者様がこの状態では、巻き込んでしまう。」

「アリス、俺のことは気にしないで、君だけの為に戦うんだ!」

「でも、勇者様を見殺しにはできませんわ。とにかく、爆発を起こして防御陣を張り、相手を牽制します。デュランダル様の魔力注入で、何とか戦える水準まで回復してください!」

「分かった、デュランダル頼む!」

「ああ、任せろ間抜け勇者!」


一言余計なのはいつものことだが、この聖剣は非常事態にいつも頼もしく、すぐに疲労が癒えてきた。


「行くぞ!デュランダル!」


光を纏いながら、デュランダルを解放するタクマ。その間、アリスは魔法を駆使して敵を近付けさせない。足を痛めている為、近接格闘は不利と踏んでのことだろう。

しかし魔人も、魔法に対して無力なままではない。対抗手段を持ち合わせていた。


「チッ!この女の魔法、厄介だ!魔術師を呼べ!」


そう言うと、黒い魔法装束を着た醜い魔人が、魔術を唱える。そして、それを見たアリスの表情が一気に曇る。


「あれは魔散弾!気をつけろアリス!高位の魔法が使えるみたいだ!」


しかし、タクマの声は届いていない。


「…をどこで。」

「その魔法装束をどこで手に入れた!?」


珍しくアリスが取り乱している。その質問に、魔術師はニヤリとして答えた。


「これは魔王様より賜った品だ。高度な魔法耐性を持つ一級品だぞ。」


そう言うや否や、アリスは目を見開き、見たことのない怒りの表情を浮かべた。


「それは我が家に伝わる宝具。主のような下等魔術師には過ぎた品だ。返せ!」


次の瞬間、敵の魔術師の足元に黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから発せられるドス黒い閃光がその身を貫き、灰にした。

今までに見たことのないような禍々しく、荒々しい術であった。


「デス・ボルグ」


その間、敵の魔術師は一切の声も上げられず、一撃のもとに葬られたのである。


「お父様…。お兄様…。」


そう言うと、アリスはその場に座り込んでしまった。


「へへっ!あの魔術師を一撃とはやりおる。だが背後がガラ空きだ!もらった!」


魔人が、飛びかかりながらそう叫ぶと、危機を察したタクマも叫ぶ。


「アリス!危ない、後ろだ!」


だがアリスは放心状態で、魔法装束を握りしめたまま動かない。


「クソ!間に合わない!」


自身の戦闘に気を取られ、疲労が蓄積していたタクマでは、アリスにふりかかる一撃を防ぐことができない。


「アリス!」


もうダメかと思われたその時、金色の塊がものすごい速さで、魔人とアリスの間に割って入った。

アリスはその気配を察知して、ようやく自分の置かれている状況に気が付いたようだ。


「すごい爆発が見えたから、何かと思って来てみれば、魔人がウヨウヨと。お嬢さん、お怪我はありませんか?」


「貴様!鉄壁のローエン!」


それを聞いた魔人の一団がたじろぐ。

やけに丁寧な口調と、金髪にスラッとした長身、顔は整った美形である。身に纏った金色の鎧は頑強で、それに負けずとも劣らない立派な盾と槍は、彼から死角という概念を消し去っている。

タクマはその姿を見て、圧倒的なまでの生物的敗北感を抱いた。


「おーっと、アタシのことも忘れんなよクソどもが!」


そう言って、大槌を振るう褐色の女が飛び出して来た。なんというナイスバディ。さらに、こちらも長身でスラリとした美形である。


「粉砕のフリートまで!」


2人からの攻撃を浴びた魔人の一団は、一気に体勢が崩れ出し、森に何体かの屍を晒しながら、散り散りになって逃げ始めた。


「逃しませんわ!」


アリスは我に帰り追撃を試みるが、魔法がうまく発動できない。


「まあそう焦んなって。少し休もうぜ。」


大槌の女、粉砕のフリートがそう言うと、アリスは安堵し、ふと力が抜けてまた座り込んだ。


「アリス!」


タクマは駆け寄り、強く抱きしめた。


「良かったアリス、怪我がなくて!」

「勇者様…父と兄が…。」


そう言うと、アリスは堪えきれずに泣き出してしまう。


「あ?どうしたって言うんだ?」


フリートには事情が掴めない。それは、タクマにとっても同じであった。


「この装束は我が家に伝わる宝具なのです。魔王討伐に際して、兄が着ていったもの。それが奴らの手に…。つまり父と兄はもう…。」


タクマは、ようやく事情を飲み込んだ。だが、そう決めつけるのは、まだ尚早だ。


「まだ分からないじゃないか。魔王に囚われている可能性だってある。俺の妹やメイドも、捕まっている。だが彼らは、悪いようにはしないと言っていた。」


それを聞いても、アリスの涙はまだ収まらない。


見かねた伊達男、鉄壁のローエンはこう提案した。


「とにかく無事で良かった。近くに我々の守るエルフの街があります。一旦そちらで休みましょう。すぐに敵が来ないとも限りませんから。」

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