第9話 お兄ちゃんはヘトヘトです!

「なあアリス、少し水を分けてくれないか?」

「無理です。」


「諦めろキモ勇者。」


そうデュランダルが言うのも無理はない。

ウラヅチをたってから1週間、次の街を探しながらひたすらに歩いていたが、一向に見つからない。その間、タクマはなんと3回もアリスに触ろうとしたのだ。

単調な毎日が続くと、人は刺激を求めてしまうものである。だが、よりによってこの男は、犯罪に手を染めようとしていた。


「約束違反ですからね。」


仲間に加わる約束として、アリスに触らないということが、あらかじめ条件として提示されていた筈だ。

それを破った罰として、水抜きの刑に処されていたのである。


「仏の顔も三度までです。勇者様は…痛っ!」


タクマが諦めて俯いた瞬間である。アリスが何かにつまづいて、声を上げた。

アリスはブーツこそ履いているものの、魔女の装束というのはどうにも動きにくいらしい。たしかに、そんなにピチピチなら転んだりもするだろう。


「装備の仕立てをお願いするべきでしたわ。街を襲った魔人に破かれてしまったので、古い装備を引っ張り出したのですが。さすがに2年前のものはサイズが合いませんでした。」


アリスはこう言って、失敗を悔やんで残念そうな顔をするが、男性諸氏には嬉しいミスである。

お世辞抜きで、アリスはスタイルがいい。豊満なバストとヒップは、十分なハリがあり、それでいて鍛えられたウエストは、適度に締まっている。


「俺の見るところによると、上から70、55…アババババ…。」

そこまで言いかけて、ようやくデュランダルがお仕置きを浴びせる。


「いずれにせよ、早く街を見つけて装備を仕立て直そう。それと足も治さないとな。立てるか?」

「立って歩くことはできますが、勇者様のスピードに付いていけるかどうか…。」

「仕方ない。よいしょっと。」


タクマはそう言うと、アリスを持ち上げて前に抱えた。


「ひゃっ!?何をするんですか!?約束違反ですよ!」

「でも歩けないんだから仕方ないだろ。」

「それでも、この格好は恥ずかしいです!」


現代風に言えば、お姫様抱っこという形式になるだろう。タクマにとっては、素晴らしい景色と感触を堪能できるので、願ってもないチャンスであった。だが、アリスの猛烈な反対に合い、背におんぶする形で落ち着いた。


「もう…ドキドキさせないでください…」

「え?なんだって?」

「なんでもないですっ!!」


タクマは肝心な部分を聞き逃したようだが、デュランダルにはしっかり聞こえていた。


「デュランダル、なにを震えているんだ?」

「い、いや、なんでもないよ。ちょっと昔のことを思い出していたんだ。」


デュランダルは、このムズムズする感覚がたまらなく好きだった。かつての魔王討伐の旅程でも、この感覚を味わったことがある。あれはちょうど、ルダスが怪我をした魔女を持ち上げて、魔界から帰還した時とよく似ている。


「偉大なる魔女アルス。孫娘も君に似て、おんぶが好きみたいだ。」


そう小さく囁いたのを、タクマはまたしても聞き逃した。


「アル…ス?アリスがどうかしたのか?」


デュランダルは鼻歌をふかしながら、ニヤけてこう言った。


「なんでもないよ、鈍感勇者さん。」



「それにしてもアリスは、見た目に反して割と重いんだな。さっきから水も飲んでないし、俺はもうヘトヘトだ。」


勇者にデリカシーというスキルがあればと、大変悔やまれる発言である。


「っ!!」


このあとタクマがみっちり絞られたのは、言うまでもない。


「もうっ!最低の勇者様ですわ!変態!」


不思議と嫌な気持ちはしなかった。

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