第6話 お兄ちゃんは寒いです!

「…ここはどこだ。」


目を覚ました変質者は、鎖で繋がれてベッドに横たわっていた。


「お、おい!助けてくれ!」


犯罪者に耳を貸すものはいない。


「君は何者かね。なぜデュランダルを持っておる。」


その時、かなり年老いた白髭の男が話しかけてきた。その眼は鋭く、ゴツゴツとした腕は、歴戦の勇士であることを簡単に連想させる。


「お、俺は勇者タクーマで、そのデュランダルと共に旅をしています。妹達を助け、魔王を倒す為の旅です。」


「ほう、我が孫娘を襲おうとした変質者が勇者かね?」


疑いの目が晴れることはない。


「久しぶりだな、ルダス。」


デュランダルがそう話しかけると、彼の顔は一気にほころんだ。


「おおデュランダル、健在であったか。心配していたぞ。」


「改めて考えると、剣が喋るなんて変な光景だな。まあ正確には意思疎通のテレパシーみたいなものらしいが…。」


この変質者は、犯罪行為の容疑者であるにも関わらず、そんな呑気な考えを巡らせていた。


「久しぶりじゃのぉ。それよりお主、この変質者と何をしておるのじゃ?」

「冒険だよ。残念ながら、この変質者こそが次の勇者さ。一緒にラローンを討ち滅ぼしに行く途中だ。」


残念なのはこちらの方さ。せめて否定してくれよデュランダル。

ん?待てよ。次の勇者?ラローン?何のことだ?


「本気かねデュランダル。大陸を手中にした今、ラローンは最強と言って差し支えない。魔王軍幹部をはじめ、戦力も揃っとる。」


話の内容から、どうやらラローンという人物は、魔王のことらしい。それにしても、どうして名前を知っているんだ…?


「でも、そんな強い癖にルダスのことはまだ倒せていないんでしょ?」


そう言うと、2人は大声で笑い出した。



それから数分後のこと。食事の時間だと言われて解放されたタクマは、その食卓にて、魔人に捕われていた美女と再会を果たす。

この再会により、先程疑問に思ったデュランダルの言葉は、どうでもよくなってしまったようだ。


「麗しの美女よ。お怪我はありませんでしたかな?」

「勇者様!先程は助けていただきありがとうございました。」

「いえいえこちらこそ。ご馳走様でした。」

「っ!」


まだ食事は終わっていない。一瞬空気が凍りついた気がしたが、タクマは気にせず続ける。


「それで気になったんだけど、なぜ俺のことをお兄ちゃんと?」

「そ、それは…。」


美女は急に赤面し、俯いてしまった。見かねたルダスが割って入る。


「我が孫娘アリスには、年の離れた兄がいたのじゃ。そして、彼女の父と兄は、魔王討伐へ向かったきり行方知れず。きっと朦朧とする意識の中で、勇者殿の姿をその兄と見間違えたのじゃろう。」


そうか。この美しい女性は、その姿の裏に、そんな悲しい過去を抱えていたのか。


「アリス…。」


タクマは、優しく、そして包み込むように、彼女を慰める為の言葉を掛けた。


「俺がお兄ちゃんになってあげようか?」


………。

…あれ?今度は本当に空気凍ってない?あれ?


「アリス、屋内で氷結魔法はいけない!お爺さまが凍えてしまうぞ!」


「はっ!いけない!ごめんなさいお爺さま。」

「…大丈夫じゃアリスよ。気にするでない。」


あの…。俺は全然大丈夫じゃないんですけど…。


「…仕方ない。」


デュランダルのお陰で、何とか氷を溶かしてもらったタクマは、この氷結の魔女には下手に出ることにした。強力な魔法だ。全く身動きが取れない。敵に回すと厄介だ。

そして寒い。まだ寒い!死んじゃう!


「アダダダ…。どうじで…ぞんな…づよいのに…づがまっでいだの…?」


歯をガチガチ鳴らしながらタクマは尋ねる。


「私は強くありません。」


謙遜で言っているのか?そうであれば嫌味でしかない。例の女幹部の使っていた魔散弾よりも、高位の魔法だ。それは現に、勇者自身が対処できなかったことからも推測ができる。


「君は強い。だから…嫁に来い。」


タクマは時に大胆だ。


「もう一度食らいたいのですか?」

「ヒィッ!」


「嫁にはやらん!じゃが…」

「じゃが…?」


このふざけたやり取りに耐えかねた老人が、また話に割って入る。


「冒険になら連れて行ってもいい。仲間を探しておるんじゃろう?」

「お爺さま!?」

「ありがとうございます!お父さん!」


変質者の返事はかなり食い気味である。

孫娘の驚きをよそに、老人はこう続けた。


「ここに籠って魔の手を退けるのも限界じゃ。現に今日は、魔人の侵入を許してしまった。そろそろ悪夢の原因を打ち砕かねば、こちらがジリ貧になるばかり。」

「でも、お爺さまはどうされるのですか!?私がいなければ、今日のように敵に蹂躙されてしまいますわ!」

「分かっておる。じゃが、そなたの力はここでは十分に発揮できないのもまた事実。広域氷結魔法は、開けた土地でその真価を発揮する。」


先程の魔法は、広域魔法だったようだ。そんなものを家の中で発動するなんて。そして、身を持って体験した通り、相当強力なものらしい。


「それに、守るべき者が近くに居ても、迂闊に使えない。変質者なら巻き込んでも平気じゃろう。その力を、世界の平和の為に役立てる時が来たのじゃよ。」


いや、平気なわけあるかい。

おい、アリスも納得したような顔するな。


「なに、魔人の軍勢程度、ワシ1人で問題ない。」


「では、なぜ今日は戦わなかったのですか?」

「ん?まあその…あれじゃ。少し用事があってのぅ。」


怪しい。歯切れが悪すぎる。


「ルダス、まだやってるのか…。」


デュランダルは、またかと言わんばかりに、ぽつりぽつりと説明を始める。


「勇者タクーマは知らんだろうが、この世界には、とある遊戯があってな…。」


かなり躊躇している。何かとんでもないことをやっているのか?遊戯とはなんだ。まさか、遊んでいたのか?


「銀色の玉を弾いて機械の穴に入れると、画面が動く遊戯なんだ。抽選に当たると景品が貰えてな。不思議なことに、その景品がお金と交換できる。」


やはり遊んでいた。しかもタチの悪い遊びだ。

パチン…うっ…頭が痛い!色んな意味で!

この世界でも、老人はパチン…が好きなのか!?当たってるから手が離せないとか、そういう理由で来なかったのか。最低だコイツ!


「うう…反省してます…。」


ほら!孫娘のゴミを見るような目!歴戦の勇士に向ける目じゃないよね!?さっきの魔法より冷たくない?


「じゃから…もう行かないから…。ほら、留守を預かれば、持ち場を離れられないじゃろ?」


そういう問題ではないが、なるほど、この老人に任せても街は大丈夫そうだ。

ホール…ではなくホームタウンを守るためなら、きっと死ぬ気で頑張るだろう。

それに、孫娘も、こんな野郎とは少し距離を取った方がいい。


「分かりました…。そういうことならば、勇者様と旅に出ます。兄と父の行方も、ずっと気になっていましたし。」


「やった!アリスたん!よろしくね!」

「ですがっ!!」


都合よく話が進んではいるが、冒険とはこういうものである。

変質者の歓迎を遮るように、アリスは釘を刺した。その目は、相変わらず氷のようだ。


「絶っ対に私に触らないでください!」

「えっ…。」


アリスの仲間入りは、夢の異世界ハーレムへの第一歩となるはずであったが、その道のりは多難なようだ。ああ、触りたい。

しかし、強力な魔法を使える仲間は貴重だ。背に腹は変えられない。邪な考えがない訳ではないが、渋々了解する。


「分かりました誓います。」

「このデュランダル、己に誓って、変質者がアリスに危害を加えないように善処しよう。」


「うふふ。ありがとうございますっ。よろしくお願いしますね、勇者様っ!」


その真摯な1人と1振りの姿を見て、アリスは顔をほころばせる。タクマは素直に、彼女が美しいと思った。そして、一緒に冒険ができるという事実が、嬉しかった。

よし、約束など反故にしてしまおう。

もう1振りのデュランダルが、その刀身を伸ばしている。


「あ、そうそう。」


アリスはそれを牽制するように、こう付け加えた。


「私の魔法、凍らせる以外にも、切ったり燃やしたり爆発させたり、色々ありますからねっ!」


「そりゃすごい。アハハ…。」


タクマの苦笑いは、引き攣っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る