第2話 お兄ちゃんは勇者です!

「これが我が家に伝わる伝説の剣、デュランダルだ。竜の鱗と獅子の爪、ユニコーンの角と不死鳥の羽を鉄に溶かし、巨人が鍛えたとされている。持って行きなさい。」


「ありがとうございます父上。」


ちっとも心のこもっていない感謝の言葉を発するのは、もはや作業だ。

さっさとここを抜け出して、この伝説の剣とやらを売り捌いてやろう。そうすれば、一生遊ぶくらいの金は手に入りそうだ。


「それとこれも。道中は何かと出費がかさむからな。」


「ありがとうございます父上!」


思った以上の現金が手に入り、先程とはうってかわってしっかりとお礼を言えた。ありがとうとごめんなさいが言える子は偉い。


「それにしても、私なんかが勇者になれるのでしょうか。」


タクマは、まだ不満げだ。


「いつからタクーマはそんなに心配性になったのだ?前に家を飛び出したのは、勇者になりたかったからだろう?」


そうか、それでタクーマという青年は…。おそらく彼は亡くなっているのだろう。私が彼の代わりとして転生したのだから、嫌でも察しがつく。

まあ俺は早々にリタイアして悠々自適に暮らすけどね!!

今のタクマは、デュランダルの売却価格と、妹とメルティによるムフムフハーレム生活の算段しか考えていない。


「お手荷物の準備が出来ましたわ。」


メルティ…、本当にありがとう。魔王を倒したら、絶対に君を迎えにくるよ。

そう言うと、顔を赤らめながら視線を逸らし、色っぽくこう言った。


「そ、そんな…困りますわ。私にはお屋敷のお仕事がありますのに…。」


…この女、イケる。

タクマは確信した。魔王を倒したら迎えに来ると言っただけだ。メルティは、迎えに来てもらった後、一緒に住む気でいる。


「お兄ちゃん、エリーナは…?」


鼻の下を伸ばしながら妄想を膨らませていると、シャツの裾をちょこんと摘みながら、かわいい天使が自身の処遇について尋ねている。

そしてこの妹、たった今エリーナという名前だということが判明した!


もちろん、エリーナも一緒さ。


「嬉しいわ!お兄ちゃん大好き!」


うーん、至高。魔王死すべし。今すぐに天使と一緒に住みたーーーい!

絶対に許さねえ。天使と美女との生活に水を差す魔王に、初めて殺意を覚えた。


「それでは、行って参ります!!」


殺意揚々と言わんばかり。先程の胸高鳴る展開によって、目をギンギンにキメた勇者が、魔王討伐の旅に出る。

周囲の期待も大きく、盛大な見送りとなった。おっと、この街にも沢山美女がいるんだな。


おや?あそこに見えるのはエルフか?ドワーフや獣人もいるぞ?

この世界では、人間と共存しているのか。不思議に思いながらも、勇者タクマは肝心なことを聞き忘れていた。


「あ、そういえばメルティ。どこに向かえばギルドに入れるのかな?」


「ギルドですか?」


「ああ、そうだ。」


「ギルドはもうありませんよ。」


え?


「魔王によって、10年前に壊滅させられました。タクーマ様はその知らせに驚いて、家を飛び出されたんじゃありませんか。」


微笑みながら言っているが、昔の思い出を懐かしんでいるのだろうか。笑い事じゃないだろう。

タクマは、おそるおそる聞いてみることにした。


「ちなみになんだけど、魔王の勢力って今どうなってるの?」


「え?この辺境の街を除いて、大陸全土を手中に収めておりますよ?」


タクマは聞かなかったことにした。


「…そうか!じゃあ、行ってきます!」


逃げよう。

ハーレムどころじゃない。

そんな世界で勇者をやる?敵だらけじゃないか。こんなの、自殺行為だ!


盛大な見送りを背に、一目散に街道を駆け抜けるタクマは、しばらく行ったところで体を休めることにした。


「ふう、少し今後について考えよう。」


そうして腰を下ろしたところに、声をかけてくる者がいた。


「あら坊や。こんなところで1人?危ないわよ?」


女性の声だ。タクマの小デュランダルが、思いがけない出会いに抜剣の準備を整えている。


「ご忠告どうも。でも、これから魔王を倒しに行くんですよ。こんなところで危ないなんて言ってられませんから!」


これこそ殺し文句。この勇者の勇敢な宣言を聞いて、惚れない女はいない。街の女ならイチコロだ。

そう思いながら、爽やかな笑顔を携えて顔を上げたタクマは、激しく後悔した。

目に入ってきたのは、尖った角、激しい刺青、黒く露出の多い衣装。いかにも魔王軍の女幹部と言ったところだ。


「魔王様を…なんですってぇ?」


「なんでも…ないですぅ。」


先程まで凶暴な様相を呈していた小デュランダルは、一気に鳴りを潜めた。

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