異世界お兄ちゃん!

ロボットSF製作委員会

第1話 お兄ちゃん!

「お兄……ちゃん?」


湖畔で目覚めたタクマは、顔を覗き込む美少女にそう呼ばれた。確かに、呼ばれたんだ。


「妹…?」


この返しは最高に気持ち悪かったが、仕方がない。だって念願の妹なんだもの!


「お兄ちゃん、帰ってきたのね!」


はい、恥ずかしながら帰って参りました。


「恥ずかしくないよ!お兄ちゃん大好き!」


状況がよく分からないが、多分念願の転生を果たし、妹がいる設定をゲットし、なんだかんだ世界を救うやつじゃないか!?


あれ、ということは、もしかして俺死んだの?え?

でも全然オッケー。こんなにかわいい妹がいて、抱きつかれて、妄想通りの世界キターーー!

しかも年は14〜5歳。大勝利を確信したタクマは、優しく抱きしめた美少女の耳元で囁いた。


「僕たちの家〈ホーム〉に帰ろう。」ニチャ



「お兄ちゃん、おうちに着いたよ!」


なんじゃこの大豪邸は???

しばらく歩くと、レンガ作りの古風な家が見えてきた。そして、半端じゃない広さの庭園。門構えもすごかった。

…うん、しゅごかった。それしか言えましぇん。


「オウチ?」


「そうだよ!パパとママを呼んでくるわね!」


呼び止める間もなく走っていってしまった。かわいい妹。俺の妹。でも、パパ?ママ?誰??

俺には日本に残した家族が…。


「…日本…?うっ…頭が…。」


急な頭痛に驚き、考えをやめると、その痛みは消えていった。


「タクーマ!タクーマじゃないか!」


落としていた視線を前に向けると、小太りで物腰柔らかそうな紳士と、これまた柔らかい雰囲気を放つ美女が立っている。


「ママ…。」


タクマはそう呟くと、一心不乱にその美女に抱きついた。むろん、下心からである。


「ヒャッ!!」


そう声を上げた美女は、咄嗟にタクマを弾き飛ばす。

ズドーンという音と共に、壁に叩きつけられたタクマの命は尽き…てはいない。


「お兄ちゃんは、どうやら頭が混乱しているみたいなの!」


そういうことにしておこう。


妹の必死の弁明で、社会的に一命を取り留めたタクマは、なんとか父に帰宅の挨拶をすることで、疑いを晴らすことができた。


「忘れたの?彼女はメルティ。我が家のメイドよ!」


妹、ナイス解説。

メイドしゃんでしたか…。


「タ、タクーマ様、申し訳ありません。急に抱きついてこられるから驚いて…。その、このお詫びは…。」


そう言いかけて、パパとされているオジサンが口を挟む。


「母上にも帰宅を報告せねばな。タクーマが行方不明となってからというもの、床に伏せっておる。」


まったくいいところだった。本当にいいところだった!

メルティのお詫びは…の部分!後で俺がじっくりネットリねちねち問い詰めていいやつだろ!そしてムフフな展開に…。


そのフラグがビンビンに立っていたし、タクマのタクーマもビンb…。


「分かりました父上。母上に会いとうございます。」


タクマは利口だ。目の前のエサに飛びつくような真似はしない。もし上手いこと立ち回って、この家に居つくことができれば、妹やメルティと毎晩毎夜…。


「何を笑っておるのだタクーマ。」


「いえ、久しぶりに会えるのが嬉しいのです。」


「そうかそうか、母も喜ぶぞ。」


うん、僕も色んな意味で嬉しいです!!



長い階段を登ると、大きな扉が見えてくる。その扉を叩き、名を名乗ると、中から声が聞こえてきた。


「ああ、タクーマ。帰ってきたのですね。」


病床の母はそう言ってタクマを部屋に迎え入れる。若くはないが、目鼻立ちが控えめで、儚げに見える。幸薄系の美人だ。


悪くはない。魔王ゲスーマが降臨した。


「母上、ただ今戻りました。久しぶりにお会いできて嬉しく思います。母上のお体が良くなるまで、しばらくこちらで静養をしたいと思います。つきましては…。」


再会もそこそこに、自分の願望をまずは述べる。魔王は狡猾だ。


だが、そこまで言いかけて母が遮る。


「なりません。」


は?え?


「世界に危機が迫っています。今すぐここを立ち、魔王と戦うのです。」


そんな…。


「お兄ちゃん、頑張ってね!」


話、早くない?


俺の異世界ハーレムが音を立てて崩れていく。妹やメルティとの甘々生活、幼なじみとかエルフとか登場しちゃって、敵の幹部的な奴も手駒しちゃって。


もしかして、全部ない感じ?


「何がないの?」


不思議そうに顔を覗き込む妹に、タクーマは振り絞るように言った。


「夢と希望。」


魔王はこの日、勇者に転職を強いられた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る