第3話 お兄ちゃんはピンチです!

「や、やべぇ…。」


最初の街で、魔王軍の女幹部と遭遇するなんて。ありがちだが、あってほしくはない展開だ。

剣や魔法の使い方も分からない。こういうのはギルドに行って、クセのある仲間達とパーティを組んで、中盤くらいで遭遇するレベルの敵だろう。

というより、そういう仲間達とパーティを組みたいんだ!


「あの…。」


こうなりゃダメ元で聞いてみるしかない。


「もしかして…。私の持つ何かが貴女のどこか琴線的なものに触れて、突然仲間になったり、協力してくださる展開はないですか?」


おい待てなんだその顔は!?なんで魔王とかいうクズの手下に、そんな軽蔑された顔を向けられなければならないんだ!


「あなたぁ、魔王様を倒すとか言ってるクセにぃ、プライドはないのかしらぁ?」


その挑発的でエロティックな口調をやめろー!余計に惨めになってくる!


ああそうかい分かったよ。やればいいんだろやれば!

タクマはデュランダルに手をかけ、その刀身を露わにする。

先程の質問はハッタリだ。お前の油断を誘う為さ。そう心の中では唱えながら、屋敷を出る直前に教わった、デュランダルの解放呪文をヤケクソで唱える。


「行くぞデュランダル!その刃をもって、魔の軍勢を退けたまえ!」


かっこいい。俺は今最高にかっこいい。勇者タクマの冒険は、ここから始まるんだ。


「デュランダルですってぇ!?対魔の聖剣をなぜお前みたいな駆け出し勇者がぁ!?」


呪文を叫びながら抜き放ったデュランダルは、伝説の剣にふさわしい輝きを放っている…はずだった。



「あなたぁ、それで魔王様を倒すつもりぃ?」


あれ、空気感がおかしい。さっきまでのイケイケ展開はどうした。

不思議に思ったタクマは、デュランダルに目をやる。

なんてこった。短い。短すぎる。というより、刀身がない。


「なぜだ!?デュランダル!?おいデュランダル!?デュランダル様!?ねえ!!」


その慌てふためきようと言ったら、さすがの魔王軍幹部も哀れに思ったのだろう。


「もう茶番は終わりぃ。死になさいねぇ。一撃で殺してあげるぅ。」


その言葉を聞いてすぐ、えげつない衝撃を腹に食らい、数十メートルは吹っ飛ぶ駆け出し勇者タクマ。

目の前が真っ暗だ。多分死んだ。こりゃ死んだわ。あーあ終わった。エリーナ、メルティ…。


女幹部の調略にも失敗したし、2人にはもう会えない。

このまま死ねば、ハーレムどころか元々あるはずの幸せすらも失ってしまうのだ。

さらには、これから会うはずだったエルフの美少女、ダークエルフのお姉さん、あと精霊のなんかエッチな子。みんな、さようなら。


「嘆かわしい。」


あれ、なんか声が聞こえるぞ。


「次の我が主人がこんな変態など、ごめんだぞ。」


女の子の声だ。クズーマは聴覚も鋭い。


「うわ、まだ生きてたキモ。目覚めろ変態。…キモ。」


そのキモってひどくない?生きてるだけだよ?いや今は死にそうだけどさ!


「まだ死なんさ。」


その声に引っ張られるように目を覚ましたクズーマであったが、衝撃的な光景を目にする。

まだ目が光に慣れていないので、よくは見えないが、その光景の絶望感はすぐに悟ることができた。


ガラガラガラ


目の前を、檻を乗せた馬車、いや、正確には馬ではないが、何かおぞましい生物が引く車が通り過ぎていく。その生物には、角や牙があり、いかにも強そうだ。


「俺の敵う相手ではないな。」


そうやって、伝家の宝刀である寝たふりを続けようとしたタクマであった。


ちょうど学生の頃、友達のいない勇者は教室の隅の机で、この宝刀を…うっ…頭が痛い…。余計なことは考えない方が身のためだ。


視線を戻すと、その檻の中には、様々な種族の者が押し込められていることに気が付いた。


「…っ!」


それは見紛うはずもない。街で見送ってくれたあの美女がいるではないか。


気絶している間に街が襲われて、皆捕まってしまったのか。不吉な予感が頭をよぎる。

それもそうだ。魔王軍が街の近くまで来ていて、人々の存在に気付かぬ筈がない。


ということは、だ。

嫌な予感というものはだいたい当たる。見つけた。エリーナとメルティも捕まっている!


「ふざけるなぁぁあっ!!」


タクマは伝家の宝刀を鞘に納め、後先考えずに叫び、激怒した。このような蛮行を許容する魔王は、絶対に取り除かねばならない。


「俺の妹と…メイドを…よくも…っ!」


「うわぁっ!急に叫ぶな!」


近くにいたゴブリンがそう反応するかしないかの刹那、タクマはデュランダルを振り下ろし、その体を両断した。

なんと、無かった筈の刀身が、黄金の輝きと共にその刃を露にしているではないか。


「デュランダルっ!!」


そう叫ぶと、すかさず反応が返ってくる。


「ほう、勇者らしくなってきたではないか。」


ん?先程の女の声が聞こえるぞ。


「我が名はデュランダル。そなたの剣だ。」


え?剣が喋るの?

違う。意思疎通しているだけだ。

え?剣が女の子なの?

違う。性別の概念などない。

え?でもおっp

もう黙れ!


おいたが過ぎた罰として、デュランダルからえげつない魔力が流れ込んでくる。


「アババババババ…。」


タクマはその魔力に溺れそうになりながら、なんとか自我を保つ。


「精神を集中し、我がデュランダルと一体となれ。さすれば、力を貸す。」


「一体化…女の子と…一体化…。」


「キモ。」


その言葉に想定以上のダメージと謎のトラウマを思い出したタクマは、心を沈め、頭痛が治まるのを待つ。

今は、俺の妹と、かわいいメイドしゃんを助けることが先決だ。

先程のお仕置きのおかげで、魔力は十分に回復している。クズーマの属性はMらしい。お仕置きで回復できる。


「ザベス様!先程の勇者が目を覚ましました!参謀のゴブリン男爵がお討死!」


「あれぇ。ぶっ殺したはずなのにぃ。」


あ、このゴブリン参謀だったのか。ならこのエチエチ女…じゃなくて、ザベスとかいう女幹部も楽勝だな。

舐めた態度で向かってくる巨乳…ではなくザベスに対し、勇者タクマは叫ぶ。


「俺のエリーナとメルティと、そしてまだ見ぬ異世界ハーレム生活を…返してもらうぞ!」


「キモ…。」


黙っていろデュランダル。いいところだ。


「ふぅん。あの人間達がなんだっていうのぉ?お知り合いなのかしらぁ?」


早速の幹部戦となってしまったが、タクマは冷静にデュランダルの解放呪文を唱える。


「あいつらがなにか、だって?お前ら魔人には分からない概念だろうからおしえてやる。」


一呼吸置いて、タクマは心の底からこう叫んだ。


「夢と…希望っ!!」 


ドンッ!

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