第三話 康平


『うん、そんな反応になるよね。』


はははと、康平は笑う。

この笑い方は遥には似てないなぁ。

と、栄子は感想を抱く。


『栄子ちゃんは聞いてるかな?

遥が小さい頃時に良く迷子になってた話。』

「はい、聞きました。」

『俺、それがすごく不思議で、個人的に調べてたんだ。

そしたら、神隠しとかそういう不思議な現象ってあちこちで起こってるんだよね。

科学じゃ説明のつかない事がすごく面白くて、どハマりしてしまったんだ。』

「は、はぁ…」


意気揚々と話す康平に、栄子は曖昧な反応しかできない。

栄子の中で康平さんはしっかりものの遥のお兄さん。と言う印象しかなかったが、今の話を聞いて、ちょっと変わった人。になった。


「それで、あの、何で遥は大丈夫なんですか…?」


今の話との関連性が全く見えてこず、栄子は尋ねる。


『うん、俺の知り合いにね、すごく力のある人がいて、視て貰ったんだ。

昨日栄子ちゃんが拾ってくれた鈴。

あれの思念を読み取ってね。』

「…」


いよいよ雲行きが怪しくなってきた。

栄子は康平が言うことを訝しんで聞いていた。

この人、大丈夫…?

そんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えた。


『結論から言うと、遥は無事。

と言っても、どこにいるとかはわからない。

けど、いわゆる警察沙汰になるような感じではないみたいで。』

「…」


正直、栄子の気持ちは氷点下にまで下がっていた。

自分の妹がいなくなっているにも関わらず、何の根拠もない怪しげな霊視?で大丈夫。と断言できるなんて。

あり得ない。

それをわざわざ言うほど子供ではないが、電話越しでもその態度が滲み出ていたのかもしれない。


『俺も言うこと、やっぱり理解できない?』

「…いえ。」


栄子はその一言だけ出した。


『ごめんね、栄子ちゃん。

俺の考えを栄子ちゃんに押し付けるようなことはしたくないし、するつもりもないよ。

けどね、理解できなくてもそれが事実なこともあるんだよ。』


何言ってんだ、こいつ。

きっと、今の私の顔はすこぶる不細工なことだろう。

特に何か言うようなことも見つからず、栄子は無言になってしまう。


『俺もこういう話は怪しまれるからしないんだけど…

驚かせちゃったら、本当ごめん。』

「いえ…」


栄子はそれだけ言う。

康平はその後、気まずそうにそそくさと電話を切った。

康平さん…本気なんだろうか…

俄には信じられない話を聞いて、栄子はまた悶々とした時間を過ごすこととなった。



「あぁー…やちゃった…」


同時刻、康平は先ほどの自分の行いを酷く責めていた。


「完全に引いてたよな、栄子ちゃん。」


遥が無事だと分かって、ついベラベラと余計なことを言ってしまった。

あぁいうのは、自分の心の中に留めておかなければいけないのに。

分かっていたはずなのに、テンションが上がり切っていたのだろう。

自分の手に持っているスマホを見ながら、康平は項垂れた。


「栄子ちゃん、忘れてくれないかな…」


そう都合よくいくわけもない。

机に置かれた遥の鈴を見ながら、康平は深くため息をついた。


お兄ちゃん、私、今学校がめっちゃ楽しいの!

本当、この学校にしてよかった〜。

栄子っていう子と友達なんだけどね、優しくて頼りになって、もう最高!


ニコニコと笑ってそう言っていた妹のことを康平は思い出す。


「確かに、優しくて頼りになりそうだ。」


人のために、妹のためにあそこまで親身になってくれる子はそうそういないだろう。

人生の中で、1人いるだけでも御の字だ。

だから、つい喋りすぎた。

散々遥から聞かされていた栄子ちゃんの事。

きっと気が緩んでいたんだ。

もっと慎重にならなければいけなかったのに。

悔やんでも悔やみきれない。

また深くため息をつこうとした時。

窓は閉まっているのに、カーテンが揺れた。

そして、小さな竜巻ができたと思うと、徐々に人の姿が現れる。

銀髪の着物を着た若い男がそこにいた。


【遥ちゃんは無事だよ。】


公平と目が合うや否や、男はそう話した。


「それはさっきも聞いた。

というか、楓(フウ)挨拶くらいしようか。」

【けど、ちょっと面倒なことになってる。】


全く話を聞く気のない男、楓は、そのまま続ける。


【奥深くに閉じ込められるみたい。】

「どう言うことだ?」

【あいつら、妖にしては珍しく口が硬いからさ。

よっぽど主人の事が大好きなんだね。】


だから…

そう続けて、楓はニヤリと笑った。


【手荒な事してもしょうがないよね。】


なるほど、その許可を得るためにわざわざこっちに来たのか。

普段汚れると言ってなかなか出てこないくせに。

そんな気持ちで楓を見ながら、楓が待っているであろう言葉を出した。


「穏便に頼むよ。」

【承知いたしました。】


深々と頭を下げ、楓は姿を消した。

楓のいた場所には、青色の鱗が一枚落ちていた。


「これだけは、誰にも知られてはいけないよな。」


さっきみたいに、うっかり口を滑らさないようにしなければ。

康平は、今日一番、大きなため息をついた。



チュン、チュンチュン


雀の鳴き声と、カーテンの隙間からさす朝日で栄子は目を覚ました。

と言っても、寝たような寝ていないような感覚なため、何となく目覚めた。と言う気分ではない。


「しんど…」


栄子のキャパでは、全ての情報を処理できない。

この事を誰かに相談したい。

そんな思いが溢れるが、親には心配かけたくないし、康平の妄言を誰かに言えるわけもない。

一晩考えた結果、康平の「遥は無事」発言は妄言とすることにした。

どう考えても怪しいし、あり得ない。

私は私で遥の事を探そう。

栄子はそう決意した。

そして朝、


「栄子、なんかやつれてない?」

「え?」


あまりにいろんなことを考えすぎたせいだろうか、食事中秋穂からそう言われた。

自分では気づかなかったが、鏡を見てたしかにやつれている…とショックを受けた。


朝決意したものは、意外な形で早くも砕かれた。


「あれ、珍しい、一緒に来なかったの?」


学校に着くなり、ユリからそう言われた。

一体何のことだろうと疑問に思っていると、その理由はすぐにわかった。

遥の席に、遥がいた。


「え…なんで…」

「風拗らせて大変だったんだってさ〜

置いてかれたからってショック受けんな、栄子よ。」


いつも一緒に登校していたのに、栄子が遥に置いて行かれたからショックを受けてると思ったのだろう。

ユリはポンと慰めるように肩を叩く。

しかし、そんな事ではない。

遥がいるのだ。


「は、遥…」


ものすごく動揺をしながら、栄子は遥の元へ近づく。

遥は栄子に気づくと、にこっと微笑んだ。


「栄子、おはよう。ごめんね、心配かけて。」


いつもの柔らかな笑顔で遥は言った。

その、普段と変わらない、変わらない遥に、栄子は思わず涙を流す。


「良かった…良かった本当に…本当…」


突然泣き出した栄子に、皆がびっくりして集まって来る。


「え、なに、遥そんなやばかったの?」

「どしたの、栄子〜大丈夫…?」

「なんか遥、風邪拗らせてやばかったらしいよ。」

「え、まじ?」


皆のとんでもない勘違いを聞きながら、栄子は流れる涙を止める事ができなかった。

遥が行方不明になってから4日目。

遥はいつもと変わらない姿で戻ってきてくれた。

それがとても嬉しく、そしてすごく安心して、栄子はHRまでずっと泣き続けた。

嘘じゃなかったんだ、康平さん。

疑ってごめんなさい。


「遥、本当に大丈夫なの?」

「え、なにが?」


詳しい話を聞きたくて、昼休みになると同時に栄子は遥を非常階段に連れ出した。

もちろん、昼食は確保済みだ。

栄子のお昼はバイト先でもらったパン。

遥の大好きなチーズパンもある。


「だって、ずっといなかったし…本当に心配したんだから!」

「ごめんごめん。

実は何にも覚えてなくてね〜」

「なにそれ…本当?」

「うん…あの路地を通ったことは覚えてるんだけど、その後のことは何にも。」

「あの路地って、鈴が落ちてた?」

「…うん。」


やっぱり。

遥は行方不明になった日、路地を通ったんだ。

そして、何故かいなくなっていた間の記憶が抜け落ちている…

聞いた話と同じだ。


「そっか…それで体は何ともないの?」

「ないない。むしろめちゃくちゃ元気。」


遥がふわりと笑った。

優しい大好きな遥の笑顔。

その顔を見ると、ようやく栄子の気持ちがふっと緩んだ。

こうして無事に戻ってきてくれたならそれで良い。

何があったとかはこの際聞かない事にしよう。

と、栄子はそう自分に言い聞かせる。

ほっとしたのと同時に、ぐーっとお腹が鳴った。


「ご飯、食べよっか。」

「ご飯?」

「ご飯。あ、もしかして忘れちゃった?」

「あ、うん。急いで出たから…」

「じゃあこれ食べなよ。どうせ遥にあげようと思ってたから。」

「いいの?ありがとう。」


遥のお気に入りのチーズパンを手渡すと、遥は嬉しそうにしてくれる。


「美味しい…」

「でしょー?」


自分のアルバイト先のパンを褒められ、得意げになる栄子。

遥はこくこくと何度も頷く。


「そんな初めて食べたような。」


それだけやっぱり格別なんだろうか。

なんて、栄子は思う。


「やっぱり、いつ食べても美味しい。このパン。」

「じゃあまた持って来るね。

今日バイトだし。」

「うん、お願い!」


2人で並んでパンを頬張りながら、しばし談笑を続ける。

遥がいなくなって本当に心配したこと、怖かったこと、先生に文句を言ったこと。

遥は「本当に、心配かけてごめんね。」と何度も謝る。


「いいよ。でも、もうあの路地は絶対通っちゃダメだからね。」

「…うん。通らないよ。」


当たり前じゃん。と遥は続けた。


「あ、そういえば、遥のお兄さん、康平さん。

めちゃくちゃ心配してたよ。家帰って大変だったんじゃない?」


そう尋ねて思った。

そういえば、昨日電話した時康平さんは遥は無事とは言ったけど、帰ってきたとは言ってないような…

と言うことは、遥は今日帰って来たってこと?あれ、そうしたら康平さんからすぐに電話がかかって来そうだし、そもそも今日の今日で学校に来るものなのかな…


「ねぇ、遥。」

「ん?何?」


ニコッと微笑んで栄子を見る遥。

そんな笑顔を見ていたら、些細な疑問なんてどうでも良くなってしまった。


「ううん、本当、遥が無事でよかったなーって。」

「栄子何度もそれ言うね。」


くすくすと遥は笑う。

そして、その表情が急に暗く変わる。


「あのね、栄子。言いづらいんだけど…」

「うん、何?」


只事ではなさそうな雰囲気を感じ取り、栄子はパンを食べるのを辞めた。

遥が暗い表情のまま、言った。


「お兄ちゃんと会わないで欲しいの。」

「え?」


思っても見なかった発言に、栄子はパチパチと瞬きを繰り返した。

急にどうしたと言うんだろう。


「それに、金輪際、連絡も取ってほしくないの。」


やけに強めな口調に栄子は「うぅん…?」と、少し困った顔をする。

昨日の話を聞いて、確かに康平さんは変だと思ったから、距離は取ろうかなと考えてはいた。

しかし、そうは言っても康平さんと遥が帰って来たことの喜びを分かち合おうとしていた。


「ね、お願い、栄子。」


そう言いながら、遥がニコッと微笑んだ。


「うん、分かったよ。」


遥が言うのなら仕方がない。

遥の突拍子もないお願いに、栄子は力強く頷いた。

思い立ったら吉日、栄子はポケットからスマホを取り出し、公平の連絡先を消した。


「ありがとう、栄子。変なお願いしてごめんね…?」

「いいよいいよ。遥が帰って来てくれたんだもん。何でも言って!」


そう栄子が言うと、遥は嬉しそうに笑ってくれた。

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