第二話  路地


「どうして、遥は路地を通ったんでしょうか…」

「分かりません…。けど、遥は人一倍怖がりですし、慎重なんです。

好き好んで入るとは思えない。」

「そうですよね…私と2人の時でも入らなかったんですし。」


栄子と康平は遥の性格を思い出しながら、路地を通ったであろう理由を考える。


チリリン


可愛らしい音が2人の間で鳴った。

それは、先ほど拾った鈴の音。

康平が持っていたのを落としてしまい、振動で鳴ったようだった。


「その鈴は…遥のなんですね。」

「あぁ。小さい時遥は良く迷子になってて。

初めて迷子になった時にどうやらこれを拾ったみたいなんです。

お気に入りなのか、それからずっと持ち歩いてました。」

「そうなんですね、知らなかったです。」


康平さんのいう迷子というのは、恐らく昨日遥が言っていた出来事の事だろう。


「この鈴は僕が持って帰ります。何か手がかりになれば良いんですが…」

「そうですね。」


康平は鈴を鞄に入れ、栄子に別れを告げた後自分の車に乗り込む。

離れていく車を見送り、栄子も自分の家に帰った。

タイミング悪く帰宅ラッシュの時間に合ってしまい、ストレスが溜まってしまう。


「ただいまー」


ドアを開けると、シチューのいい匂いがした。

そして、パタパタと足音を立てながら、珍しく秋穂が出迎えてくれた。


「ただいま。」

「おかえり…」


秋穂は心底ほっとしたような顔をしている。


「疲れたでしょ。今日はシチューよ。」

「嬉しい、ありがとう。」


シチューは栄子の大好物だ。

昨日の今日で、秋穂なりに気遣っているのをひしひしと感じる。

夜ご飯は、美味しいはずなのに、心が落ち込んでいるせいかあまり味を感じなかった。

暗い雰囲気の栄子への配慮か、お父さんとお母さんは笑顔で他愛もない話をしている。

何か言いたいこと、聞きたいことはあるのだろうが、2人とも何も言わなかった。

食事をとり、お風呂にも入り寝る準備は万端。

普段はベッドの上でスマホを触って無駄な時間を過ごす栄子も、さすがにそんな気分ではなかった。

布団にもぐり、悶々と遥のことを考える。


遥、本当にどこにいったの。

事故に遭ったのかな…それとも事件に巻き込まれた…?

どうして路地を通ったの?あんなに怖がってたのに…

分からないことが多すぎる。

遥とは高校からの仲だが、彼女の人柄、雰囲気が栄子は大好きで、親友のように感じていた。

何もできない自分が歯痒く憎らしい。

あぁ、だめだ。

自分を責めても遥が現れるわけではない。

どうか、どうか無事でいて…


何度考えを追い払っても、栄子の頭は遥のことでいっぱいだった。

しかし、それもしばらくの間だけ。

気づくと、栄子は夢の中を彷徨っていた。

部屋中に栄子の寝息が響き渡る。


その日、栄子は夢を見た。

薄暗い路地にいる。

あ、あの路地だ。

直感でそう思った。

自分は浮いているのか、それとも歩いているのか。

よく分からない。

これは夢…だ。

路地を勝手に体が進んでいく。

すると、何かがある。

遥だ。

またも、直感でそう思った。

そう考えると、その何かが認識できた。

それは、思った通り、横たわる遥だった。

制服を着たまま、目を瞑っている。


「遥!!」


栄子は叫んだ。

しかし、反応はない。

寝ている…?

栄子は遥に近づこうとする。

が、その分遥は離れる。


「遥!!」


栄子が近づけば近づく程、遥は離れていく。

そこに遥がいるのに!

手が届きそうなのに!!


「遥!!遥!!!」


栄子は叫び続けながら、必死に遥を追う。


「はるか…!!」


自分の体が動く感覚で栄子は目を覚ました。

天井に伸ばされた手。


「…夢。」


栄子の喉はカラカラに乾ききっている。

心臓がドクンドクンと力強く動き、まるで悪夢を見た後みたいに、興奮していた。


「ふぅ…」


目が冴えてしまった体を起こし、スマホで時刻を確認する。

まだ4時を過ぎたばかりだ。

遥のことばかり考えてるからあんな夢見たのかな…

うるさい心臓を落ち着かせるため、栄子は深呼吸をした。

しばらくそうしていると、徐々に興奮が収まってくる。

深くため息をつきながら、栄子は水を飲もうと下に降りる。

誰もいない静かなリビング。

流石に誰も起きてないか…

コップを取り出し、水を注ぐ。

乾いた喉が潤い、栄子はようやく一息ついた。

すると、パチっと電気をつける音がしたと思うと、部屋がパッと明るくなった。

急な眩しさに栄子は目を細める。


「お母さん。」


電気をつけたのは秋穂だった。


「寝れないの?」

「ううん。喉が渇いたから降りてきただけ。」

「そう…」


秋穂が何か言いたげに口を開くが、直ぐにきゅっと閉じる。


「ゆっくり寝なさいね。」


それだけ言うと、リビングから出ていった。

寝れるかなぁ…

完全に目の冴えてしまった栄子は、そう思いながら自分の部屋に戻っていった。






月曜日、特に何の進展もないまま学校を迎えてしまった。

遥がいなくなって早3日。

昨日も栄子は遥を探そうと頑張ったが、何の収穫も得られなかった。

相変わらず警察は動いてくれない。と、康平から聞いた。

当たり前のように、学校に行っても遥の席は空いている。


「ありゃ、珍しい。

片割れはどしたん?」


席についてちょっとしてから、友人の阿波 ユリに話しかけられた。

普段一緒にいる遥と栄子の事を、彼女はよく「片割れ」とか、「相棒」と呼ぶ。


「分からない…」

「風邪でも引いたのかね?」

「だったらいいんだけど…」


ついそう答えてしまい、はっとした。

ユリを見ると、キョトンとした顔をしている。

さっきの言い方じゃ、まるで風邪の方がまし。という感じに取れる。


「風邪は危険だよ〜。

うちのおばあちゃん風邪拗らせて入院だもん。

なんか、肺炎になったんだって。」

「あ、うん、それは大変だね。」


よかった、全く何も気にしてない。

そのまま、ユリはいかに風邪が危険かを熱弁してくれた。

栄子はうんうん、と頷きながらその話を聞く。

正直、気が紛れてとても助かる。


「あれ、今日遥いないじゃん。」

「遥風邪ー?」

「栄子、遥どうしたの?」


その後も続々とやってくるクラスメイト達から、遥がいない理由を尋ねられた。

しかし、栄子は曖昧な答えを返すのみしかできなかった。

朝のHRは、何事もなく進んでいく。

担任は、遥の事に何も触れず、普段通りに出席を取る。

このクラスで、遥がいなくなったのを知っているのは私だけ。

それがとても心細かったが、無意味に騒がれるよりは確かにましかもしれない…

そんな事を思いながら過ごしていると、気がつけば昼休みになっていた。

ろくに授業も聞いていなかったせいか、本当にあっという間だった。


「栄子、今日遥いないんでしょ?こっちおいでよ。」


ユリが仲の良い友達と机をくっつけながらそう声をかけてくれた。


「ありがとう。じゃあ、お邪魔しようかな…」


そんなにお腹は空いていないが、せっかくの気遣いを無駄にしたくない。

それに、作ってくれたお弁当も食べないと、秋穂が心配する。

栄子は、自分のお弁当箱を持ってユリの元へといく。


「麻木、ちょっと。」


昼休みに入って10分くらい経った後、担任から呼ばれた。

すでにご飯を食べ終わって談笑していた栄子は、「はい。」と言って担任の元へ行く。


「何かやらかしたー?」


ユリがニヤニヤしながら言ってくる。


「何もしてないよ。」


ちょっと無愛想にそう答え、栄子は担任の後ろを大人しくついて行った。

呼ばれた理由は十中八九遥の事だ。

無言のまま、担任と廊下を歩く。

周りから見たら、私は悪い事をして先生に連れていかれてる所だろうなぁ…

通されたのは、面談の時に使われる小さな教室。

重苦しい雰囲気のまま、担任は自分の対面に座るよう促す。


「昼休みにすまんな。」

「いえ…」

「…今日呼んだ理由だがな。

能田の事だ。」


やっぱり。

分かりきっていた話の内容に、栄子は小さく頷く。


「あれから、どうだ?」


切り出す内容が下手だなぁと思いながら、栄子は答える。


「まだ見つかっていません。私も探してはいるんですけど…

警察も家出だろうと言って捜査もしてくれないって…」

「ううぅん…」


担任は腕を組み、眉をひそめる。


「何か能田から聞いてないか?

家族と喧嘩したとか、嫌なことがあったとか。」

「何も。それに、はる…能田さんとは帰るまで一緒にいましたけど、いつも通りでした。

能田さんが家出なんて絶対有り得ません。」

「そうかぁ…八方塞がりだなぁ。」


栄子はぎゅっと自分のスカートを握りしめた。

何故そうしてしまったかは分からない。

無意識だった。


「今日はな、麻木にお願いがあってな。

もう連絡があったと思うが、能田が行方不明になったのは誰にも言わないでくれ。」

「どうしてですか…」

「生徒も不安になるだろう。

ただでさえ多感な時期だ。警察が本格的に捜査を始めたら、生徒たちに言う。と言うことでな。」


担任の言いたいこと、学校の言いたいことは栄子だって分からないわけではなかった。

家出の可能性がある分、警察も学校も大ごとにはしたくないはずだ。

もし、遥が家出ではなかった場合、大騒ぎになった後では居ずらいだろう。

それも考慮してのことだ。

頭ではわかっているが、どうしても学校と警察の態度に栄子はイライラしていた。


「いつになったら、警察は動いてくれるんですか…」


先生に言っても仕方がない。

そう思っていても、その気持ちを押し込めれる様な事はできなかった。


「遥は絶対家出なんかじゃないです。有り得ません。」


案の定、栄子の言葉に担任は何とも言えな表情をする。

何か必死にかける言葉を探してくれているのだろうが、それさえも栄子を苛立たせた。


「みんな呑気すぎます…」


感情が昂るあまり、涙が溢れた。

もう3日も行方がわからない遥。

何もできない自分、動かない警察、学校。

遥の家族の気持ち。


「…」

「学校から言ってくださいよ…遥は家出なんてする子じゃない。

そう言ってくれたら、警察だって!!」


思わず声を荒げてしまった栄子。

次から次へと涙が溢れて止まらない。

本当は、遥がいなくなったと聞いてから、不安だったのにずっと我慢していた。

それが、怒りという形で栄子の気持ちを引っ張り出させた。


「麻木の考えはよくわかった。

君は能田と仲の良かった分、色々思うところもあるだろう。

そうだな、我々学校の方でも警察と掛け合ってみよう。」


先ほどの呑気な顔と打って変わり、担任は真剣な表情で言う。


「能田は幸せだな。

麻木のような友人がいて。」


ふっと顔を緩ませ、担任は笑った。



「と言う事がありまして、先生が警察と掛け合ってくれているみたいです。

でも、やっぱり無駄に動揺を仰ぐだけだから、遥が行方不明なのは生徒には言わないでくれと。」

『なるほど。だから、今日学校から電話があったんだね。

ありがとう、栄子さんのおかげだ。』

「いいえ、私はただ怒りに任せて文句を言っただけで…」


栄子は、自分の部屋でスマホをスピーカーにしながら康平と電話をしていた。

あの後、冷静になって、人前で泣いてしまったことがすごく恥ずかしくなった。


『遥は本当に幸せだよ。

こんなに思ってくれてる友達がいて。』

「それ、先生からも言われました。

でも、遥が友達で良かったのは私のセリフなんです。

遥には何度も助けられていますから…」

『そうなんだ。

僕はほとんど家にいなかったから、最近の遥のことはよく知らなくて。

やっぱり、妹のことを褒められると嬉しいな。』


電話越しで康平はふふふと笑った。

その笑い方が遥に似ていて、あぁ、やっぱり兄妹だなぁ。と思う。


『あ、そうだ。

電話をかけたのはね、路地のことなんだけど。』

「あ、はい。」


栄子は見えもしないのにコクコクと頷く。

何となくやってしまうのは反射みたいなものだろう。


『近所の人に聞いてみたんだ。

やっぱり、あの路地に1人で入った人は、行方不明になる確率が高いって。』

「はぁ…そうなんですね。」

『だけど、行方不明になった後、必ず1週間も経たないうちに見つかるらしい。』

「え、そうなんですか?私てっきり、ずっといなくなったままなのかと…」

『僕もそう思ってたんだけど、違うみたいだね。

記憶が曖昧だったみたい。ごめんね。』

「あ、いいえ。

でも、なんでその路地に入るとみんな行方不明に…?」

『それがよく分からないって。

それに、行方不明になって戻ってきた人に話を聞いても、全く覚えてないんだって。

本人と記憶では、すぐに路地を出たって。

だけど、実際は1週間近く経ってて、すごく驚くらしい』

「あの…これって、もしかして怖い話ですか…?」


ほんの少し身震いをしながら、栄子は尋ねる。


『そうだね、ちょっとオカルトチックかも。』


栄子には、康平と電話を始めた時から感じている違和感があった。

それは、康平の声がこの前あった時と比べ、明るくなっていること。

普通、妹の行方がわからないままであれば、もう少し不安そうにするのでは…?

と、思っていた。


「あの…心配じゃないんですか…?」

『え?』


あ、失敗した。

すごく失礼なことを聞いてしまったと思った。


『それは、遥がいなくなったままなのに、どうしてそんなにあっけらかんとしているか。と言うこと?』

「あ、えっと…はい…」


少し濁しながら、栄子は答える。


『うーん…信じてもらえるかわからないんだけど…

あの、できれば引かないでもらえれば助かるんだけど…』


やけに長い前置きをしながら、康平は言う。

はい。と、栄子が小さく言うと、康平は続けた。


『大丈夫、って分かったからかな。』

「はい?」


あまりに想定外の発言に栄子は思わず素っ頓狂な声を出した。

遥は見つかっていないのに、何で大丈夫って分かるの?


『うーん…なんて言おうかな。

えっとね、実は俺、オカルトサークルなんだ。』

「はぁ?」


またまた斜め上をいく発言に、栄子は再び変な声を出してしまった。

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