知ったことではありません

 翌日の幹部会議にて。

 私は、開口一番こう宣言する。



「私は、アルベルトを助けに行くべきだと思います」


 たとえ反対されても止まる気はない。


「だがもし、魔王城の中で魔王様が暴れたら――」

「そうだそうだ。万が一のリスクを考えれば、少なくとも魔王様には別の居城を――」

「だいたい魔王様が助かるためには、アリシア様が犠牲になる可能性もあるというのに……」


 集まった幹部たちが、口々に意見を言い始める。

 侃々諤々とした言い争いが始まろうかというとき、


「あはっ、これは別に提案ではありません。たとえ私1人でも行くっていう……、決意表明ですからね?」


 私は、そう宣言する。



 はなから助けを期待していない。

 復讐だって1人で遂げるつもりでいた。

 ここで宣言したのは、最低限の義を通すためだ。


 反対する者が居れば、ここで斬る。

 独断専行、大いに結構。

 


 ――まずはアルベルトに会う。

 ――アルベルトに会って、まずは勝手に決めたことを、ぶん殴ってやるのだ。

 ――それで魔王城に連れ返って。

 それからのことは、それから考える!




「その……、アリシア様?」

「なんですか?」

「その――、申し上げにくいのですがアリシア様には従属紋で……」

「あはっ、何のことですか?」


 ああ、これのことですか。

 昨日、魔王城の外に行こうとした時、それを防ごうとする強制力が働いた。それはアルベルトが従属紋を通じて、自分を追いかけてこないようにという命令を出したということで。

 決して、従属紋を使おうとはしなかったアルベルト。

 まさかよりにもよって、こんなことで初めて使うなんて。


 その事実を知って、私を襲ったのは強烈な怒りだ。

 本当にアルベルトは、何も分かっていない。

 こんなもので私が止まると、本当に思っているのだろうか?


 私は、刻まれた紋章に魔力を注いでやる。

 光と闇の魔力が恐ろしいほどの密度で注ぎ込まていく。抵抗するように、一瞬、従属紋が禍々しく輝いたが――、


 パキン。

 そう音を立てて、従属紋は砕け散った。


「あはっ、アルベルトもまだまだですね」

「「「……いやいやいやいや!?」」」


 キールも魔族たちも、いったい何を驚いているのだろう。


 私は、アルベルトに会うと決めた。

 ならば、その前に立ちはだかる障害を叩き潰すぐらい当然だろうに。



 気圧されていた魔族たちだったが、


「アリシア様だけに任せておく訳にはいかねえ!」

「俺も、俺も魔王様の奪還作戦に参加するぞ!」

「そうだ。誰だって魔王様を失って良いなんて、思ってるはずがないだろう!」


 続々と名乗りを上げ始める。

 このままいけば全ての幹部が首を揃えて、魔王奪還作戦に加わる勢い。


 そう、魔導皇国に住まう魔族たちは、みな魔王に忠誠を誓っている。

 心の底では、助けに行くことを願っていたのだ。そうと決まれば直情的――だからこそ困ったところもあるのだけど……。



「いいえ、申し訳ありませんが――ここは12隊に任せて下さい」

「な!? 俺だって魔王様の救出に……」

「万が一のためです」


 はやる魔族たちを抑え、


「これが敵の陽動という可能性もあります――すべての兵がニルヴァーナの砦に向かってしまい、がら空きになった魔王城を落とす。いかにも、あの男が好みそうな卑怯な手じゃないですか」

「ぐむ……、たしかに――」


 呻くように頷いたのはキールだ。

 正直、私だって驚くほどに冷静さを失っている。

 できればそういうことは、きちんとキールが指摘して欲しいのだけど。


「皆さんにはアルベルトが守りたかったものを、これまでどおり守って欲しいんです」

「アリシア様……」

「だが、我々が一番に守りたいものは魔王様だ。アリシア様、信じて良いんですね?」


 キールが、ブヒオが。

 他の幹部たちの視線が真っ直ぐに私を貫く。


 試すような視線。

 少しでも言いよどめば、すぐにでも彼らは自分で動き出すだろう。

 だからこそ、私は――



「あはっ、当たり前です。アルベルトを一発殴って連れ帰る――これは決定事項です」


 いつもどおり、笑みを浮かべてやるのだ。



 かくして、作戦は決行されることになった。

 敵の要求を飲み、ニルヴァーナの砦に向かったアルベルト。

 その後を追いかけて、必要があれば敵勢力を排除。

 すみやかにアルベルトを捕獲し、魔王城に連れ帰る。


 ――それが、今、私が望んでいること。

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