八方塞がり
冷静に考えてみて、分かったことがある。
状況は最悪に等しい。
敵に手綱を握られたアルベルトという魔王の存在。
そんな存在を魔王城に置いておくことは、爆弾にも等しい――そう考えたからこそ、アルベルトは自発的に敵の誘いに乗って出ていったのだろう。
敵が手にした命令権は1回。
たったの1回、されども1回。
最悪の事態は、アルベルトが操られ、魔王城に壊滅的な被害を与えることだ。
厄介なのは、アルベルトを説得し、連れ戻せば良いというものではないことだ。
たとえアルベルトが魔王城に戻ったとしても、心臓を奪われたという本質的な問題からは逃れられない。
「なん、なんですか……」
おまけに気がついてしまったこと。
それはいつもの鎌を手に、魔王城の外に出ようとしたときのことだ。
従属紋が光る。
心に鈍い痛みが走る。
決して出てはいけないと、心を縛り付けるように。
――アルベルトの後を、追いかけないこと
――アルベルトの敵を討とうとしないこと
自らの死すら予期した従属紋への命令。
アルベルトの中で、これは選ぶべきして選んだ未来なのだ。
納得はできない。
されども、問題の解決策すら見えない。
下手にかき回せば、かえって状況を悪化させる可能性すらある。
私の執務室に人が入ってきたのは、そんな時だった。
「アリシア様、実は面会を求める者が――」
「ごめん、リリアナ。悪いけど後にしてもらって」
「それが……、孤児院長のホリンナさんの希望で。断られたら、この名前を出して欲しいと……。――――アリシア様っ!?」
あまりにも懐かしい名前。
今、その名前を耳にするはずがないのに。
――驚くリリアナに説明すらせず、私は思わず執務室から飛び出し面会室に向かうのだった。
***
ホリンナ孤児院長。
それは私が生まれ育った孤児院の院長――簡単に言えば、私の育て親であった。
――人さまを恨んだらいけないよ
――分かり合うことを諦めてはいけないよ
今は捨てた聖女としての生き方。
それでも孤児院長の言葉は、今でも私の中に刻み込まれている。
あの女が、孤児院長は死んだと言っていた。
守りたかった孤児院も、無くなってしまったと高笑いしていた。
だから、だから、そんな面会は嘘八百で……、
「院長!」
年甲斐もなく面会室の扉を開け放してしまう。
まるで我慢できない小さな子供のようだ。
そんな私に、一瞬目を丸くしていたが、やがては見慣れた優しい顔で、
「おやまあ、大きくなったんだねえ」
なんて優しい声で、話しかけてくるのだ。
「院長、どうして? 死んだんじゃ……?」
「おいおい、人をそう簡単に殺さんでおくれよ。そう簡単にくたばりゃしないのは、おまえさんならよ~く分かってるだろう?」
院長――ホリンナは、くしゃくしゃと顔を歪めて苦笑した。
子供の頃と変わらぬ温かい笑顔。
思わぬ再会に、私は幼い子どもに戻ったように泣きじゃくってしまった。
聞けば、モンスターによる襲撃があったらしい。
いち早く危機を察して逃げ出したホリンナ院長たちは、魔族の支配する領地に流れ着いたという。少ない食料を分け合い、どうにか歩き続けた彼女は難民キャンプにたどり着き、つい最近まではそこで慎ましく生きていたらしい。
アルベルトは、積極的に戦争難民を受け入れていたと聞く。
偶然、魔族の捜索隊により発見され、ホリンナ院長たち孤児院のメンバーは無事保護されるに至ったという訳だ。
「すごい偶然もありましたね!」
「良かったです、本当に。……本当に、アルベルトには感謝ですね――」
失われたと思っていたもの。
決して戻らないと思っていたもの。
それは、決して手遅れなんかではなくて。
実の姉のような存在だったリリアナは、まるで我が事のように喜んでくれた。
「それで……、アリシア。あなたは今、何をしているの?」
――だから。
そんな真っ直ぐな質問に、私は思わず答えに窮してしまい。
別に。私は今、自分で選んだの道に、満足しているのに。
「あはっ、復讐です。あんな地獄を見せてくれた奴らに、今度は私が地獄を見せてやるんです。だから私は、王国を滅ぼして――」
「本当かい? アリシア、あなたはそんなことを本当に願っていたのかい?」
願っている。
私が今、生きているのは復讐のためだ。
復讐とともに生き、復讐とともに死ぬとあの日決めた。
……本当に、そうなのだろうか。
こんな時なのに、何故か脳裏にはアルベルトの顔が浮かぶ。
いつものように飄々とした笑みで、ただ私の言葉を聞いて嬉しそうに微笑む姿。
「あなたは、本当は優しい子だから。あなたの本当に願い――黙って、心の声に耳を傾けてごらんなさい。そうすれば、きっとやるべきことが見えるから」
王国民を全て斬り捨てて。
反対する魔族もすべて斬り捨てて。
それで私が、どこに向かう?
そんな未来を願っていた日もあった。
けれども、今、取り戻したいものは――、
「最初から分かっていたんだろう?」
「はい。でも、それはきっと許されなくて……」
力づくでアルベルトを取り戻せば良い、というものではない。
どうしようもないがんじがらめがあって、だからずっと私は悩んでいる。
「やりたい事が決まっているなら、それに突き進めば良い。胸を張って進めるなら、ほかの誰が認めなくてもあたしが認めてあげるから」
ああ、そんなことを言われたら――。
良いのだろうか。
私が、今、本当に願っていたこと。
それは、王国民を皆殺しにすることでもなく。
魔族の未来に頭を悩ませることではなく。
ただ、大切な人を、取り返すために――
「ありがとうございます、ホリンナ院長。迷いが、吹っ切れました」
「ああ。行っておいで」
温かい言葉を背に受け、私は一歩を踏み出す。
やっぱり、この人にはかなわないなと思いながら。
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