知らなければならないこと

 そんなある日。

 魔王軍の幹部に招集がかかり、臨時幹部会議が開かれてようとしていた。


 その場にも、やはりアルベルトは不在。

 聞けばかれこれ数日、誰もアルベルトの姿を確認していないらしい。



「魔王様は、極秘の任務に向かわれている。場所は誰にも告げるな……、とのお達しだ」


 そんな疑問に答えるように、キールがそう切り出した。



 おかしい、そう思った。

 もちろん種族の長として、誰にも行き先を告げずに向かわなければならない場面があるのかもしれない。だとしても、魔族たちのこの腑に落ちないと言わんばかりの反応はどうだ。



「アルベルトは、必ず帰ってくるんですよね?」


 虫の知らせとでも言おうか。

 ただ、嫌な予感がしたのだ。


 そんな漠然とした質問。

 もしキールが本気で誤魔化そうとしたなら、勿論ですと答えるだけで済む問いだ。にもかかわらず、魔王の側近ことキールはそっと目を逸らすと、



「重大な任務、だそうだ……」


 とだけ告げる。

 答えを名言すらしていない――隠す気もない言葉。


 知らなければならない、と思った。

 もう気が付いたら全てが終わっているような未来は、絶対に嫌だから。何も失いたくないし、決して後悔はしたくなかったから。



「貴様ッ!」

「いったい何を――」


 私は、鎌を取り出していた。

 この場に居た幹部魔族は私を含めて六人。

 なんだ、アルベルトがぶっ飛ばしたときの半数以下ではないか。



「話して下さい、キール。いったい、何を隠しているんですか?」


 私は、鎌を突きつける。


 これは、ただの脅しではない。

 必要であれば、本気で叩き切る――この場の全員を敵に回してでも、私はアルベルトの行き先を聞き出すつもりだった。



「やれやれ、魔王様は幸せ者ですね――」

「……余計なこと、話さないで」

「話す。話すから、そのおっかない鎌をしまっておくれよ」


 キールは、降参とでも言うように静かに手を上げる。

 私は、その言葉を黙殺し、黙ってキールに続きを話すよう促すのだった。


***


「なんですか、それ!」


 キールの聞いた話は、あまりに衝撃的だった。



 あまりにも卑劣な手段。

 心臓を握られることによる弱点――初耳だった。

  

 ああ、やっぱり平和な日常など幻想だったのだ。

 この戦いは、シュテイン王子を叩き斬るまで決して終わらない。

 シュテイン王子への恨み――ただ、それ以上に大きかったのは……、



「なんで、アルベルトは何も言わずに出ていってしまったんですか!」


 アルベルトへの激しい怒り。

 何があっても飄々としていて、倒れた私をあんなに気遣って。


「何があっても味方だって、あんなこと言っておいて――」


 嬉しかったこと。

 戸惑ったこと。

 たしかにこの魔王城には、色々な思い出がある。

 その中心には、いつだってアルベルトの姿があった。


 それなのに……、


「何が、信じて欲しい……、ですか――」


 肝心なときに黙って、敵国に見を落とそうなんて。


 信じていないのは、そっちではないか。

 肝心なときは誰にも頼らず、ただ黙ってみすみす命を危険に晒すなんて。

 罵りの言葉は、不思議と続かず……、



 力なく唇を噛み、うつむいた私に、


「同感ですよ」


 やがて、ぽつりと呟いたのはキール。


「そうです、アリシア様の言うとおりです」

「……キール?」

「私だって、みすみす行かせたいと思ったはずないじゃないですか! でも……、だとしても――どうすれば良いというんですか!?」

「それは……」


 あれだけ魔王のことを慕っていたではないか。

 助けに行くのが当たり前。

 ここで静観なんて、さすがに冷淡ではないか。


 キールからぶつけられたのは激しい激情。

 アルベルトの腹心としての、責任感と葛藤。

 その肩には、たしかにこの国の未来が乗っかっている。



「アルベルトは、アリシア様を守ろうとしていたんです……」


 キールが、そんなことを口にした。


「……は?」


 聞けばシュテイン王子は、私を人質にしたという。

 どこまで人の心を弄べば気がすむというのか。

 私を殺せという命令――それを出せば、咎める者は魔族に居ないなんて言葉。ただ私を犠牲にすれば、アルベルトにかけられた忌まわしい魔法は解除される。


 それで……、それで上手く収まるのなら、たしかに私は抵抗はしないだろう。

 そんな未来を、アルベルトは拒んだのだ。

 


 どうして、それで有効だと思ったのか。

 どうして、それが有効手になってしまったのか。

 頭が真っ白になった。


 ただ慌てるだけで。

 私に、そこまで思われる資格はないのに。



 言葉を失って立ち尽くす私に、


「私たちは今、きっと冷静ではない。今話し合っても、碌な結論は出ないだろう」


 キールは、そう告げた。



「でも、こんなことをしている間にアルベルトは……!」

「だからこそだ。その焦りに飲まれては、助け出せるものも助けられないと言っているんだ!」


 いつも冷静に見えるキールが、随分と荒々しい言葉を使う。

 ブヒオが、他の幹部が、それぞれ浮足だった自分を恥じるように静かに目を閉じていた。



「事は、この国の――しいては魔族全体の未来にかかわる。どうか冷静になって、今後の方策を考えて欲しい」


 キールの、その言葉によって。

 それは不思議と、アルベルトならそう言うだろうという言葉にも感じられ。



 そうして結論は、翌日の幹部会議に持ち越しとなったのだった。

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