【ヴァイス国王】大変なことになってしまったようだ……

「……は?」


 その男――ヴィルフリード・ヴァイスは、飛び込んできた報告に耳を疑った。

 ヴァイス王国の国王にして、シュテイン王子の父にあたる男である。



「レジエンテと同盟を結び、魔族との全面戦争に踏み切った!?」


 ヴィルフリードは、各国首脳が集まる国際会議に出席していた。

 これは、近年の魔族領との緊張の高まりを懸念して開かれていたものだ。


 参加国の魔族への対応は、きれいに3分されていた。

 積極的に攻撃を仕掛けて併合しようという戦争推進派、専守防衛に徹する中立派、和平を結び共存するべきだと願う共存派。

 魔族領に近しいヴァイス王国として、国王・ヴィルフリードは常に共存派として旗を振るっていた。そのための根回しも進み、こたびの国際会議では部分的な合意を取り付けられるかもしれない――


 そんな矢先の出来事であった。


「馬鹿息子め。早まった真似をしおって!」


 国王不在の今、シュテイン王子には国王と同程度の権限が与えられていた。

 国の混乱を防ぐための措置だったが、まさか自らの息子がそこまで暴走するとは考えても居なかったのだ。



「和平などと生温いことを言っている場合ではない」

「我々もすぐに派兵しましょう!」


 大陸を揺るがす大ニュースであった。

 当然、国際会議は即中止。馬鹿な戦闘に踏み切ったヴァイス国王には、それは冷たい視線が向けられた。



 国際会議に参加していた国々は、すぐにその情報を持ち帰り対処に追われることになる。

 もはや人類と魔族の和平どころの騒ぎではなかった。


 魔族と人類の戦争。

 何よりも恐れて事態が、勃発してしまったのだから。



「万が一、本当に"全面戦争"になってしまったら――」

「推進派のお花畑どもの言うとおりに進むはずがないだろう。血で血を洗う地獄の始まりだ――1月も経たずに大陸全土が焦土と化すぞ」


 今、戦争に加わっている魔族は、魔族全体ではほんの一部に過ぎない。

 人類と接した国境を持つ魔導皇国が、あくまで防衛に徹しているぐらいだ。魔族の大半は、まだ大した脅威だとすら認識しておらず、静観を決め込んでいる。否、相手にされず見過ごされていると言うべきか。


 ヴァイスの血気盛んな馬鹿どもが言う"戦争"は、魔族全体にとっては児戯に過ぎない。

 魔族領の奥地には、人類が想像もできない化物がゴロゴロしている。

 その事実を、ヴィルフリードは国の資料から嫌というほど認識している。



 万が一、魔導皇国の代表――魔王を傷つけたら。

 万が一、魔族たちの逆鱗に触れるようなことをすれば。

 取り返しのつかない事態になる。



「レジエンテも何を考えているんだ!」


 レジエンテは、中立派の中でも最大勢力だ。

 このような馬鹿な戦争に手を貸す道理がない。こたびの国際会議にも参加していたが、教皇は戦争の報を受けても涼やかな顔をしていた。



 ヴィルフリードの傍には、いつも付き従っていた優秀な文官の姿。


「間に合うでしょうか」

「起きてしまったものは仕方ない。間に合わせるしかないさ」


 ヴィルフリードは、息子の性質を読み間違えていた自分の愚かさを呪う。

 本当に手遅れになる前に、なんとしても国に戻って止めなければならない。



「やれやれ。この首を捧げる覚悟はしないと行けないだろうな」


 ヴィルフリードは、帰りの汽車でボヤく。


「魔族たちに少しでも話が通じることを願うしかありませんね」

「ああ。それと馬鹿息子が、これ以上愚かなことを――魔族の逆鱗に触れないことを願うばかりだ」

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