さよなら

「なっ!?」


 アルベルトは、思わず反応してしまう。反応することで、相手に付け入る隙を与えると分かっていても、反応せざるを得なかったのだ。



「ふざけるな! アリシアは関係ないだろう!?」

「関係大ありさ。あいつの役割は終わったんだ――それなのにしゃしゃり出てきて、魔族に寝返って俺の前に立ちはだかるだと? 思い上がりも甚だしい」

「おまえのような奴に、アリシアは……!」


 燃えるような怒り。アリシアが絡むと、どうも冷静で居られない――悪い癖だ、とアルベルトは自嘲する。



「1人を生贄に捧げるだけで、魔王の最大の弱点が取り除かれる――魔族がその事実を知った時、どう思うだろうねえ?」

「ッ!」


 そんなこと認められる筈がない。

 ただ、同時にそう考えるであろう魔族が居ることも容易に想像付いた。魔王と1人の少女を天秤にかけたとき、魔王を取る魔族が多いのは想像に難くない。


 ――守るよ。何を捨てても

 アリシアの言葉に、そんな言葉を返したっけ。

 どうして今、そんなことを思い出したんだろう。



「……ボクに何をさせたいんだい?」

 

 アリシアを手に掛けるぐらいなら、迷わず命を断つ――アルベルトは、当たり前のようにそう考えた。


 その言葉を聞かせた時点で、狙いは別にあると考えるべきだ。

 これはただの脅し――それも、アルベルト以外には意味を為さない脅しだからだ。



「そう難しいことじゃないさ。武器を捨てて、1人でヴァイス王国まで来てもらおう」

「投降しろと?」

「無論、死んでもらおう。どうも臆病な者たちが、今回の戦争の意義を問う声を、声高に上げ始めたそうだからな――士気を上げる演出が必要なのだよ」


 その言葉の真意を、冷静に見極める。



 最悪の事態は、不意打ちのような命令で魔王城に壊滅的なダメージを与えてしまうことだ。

 無論、手は打てる。十全の状態で戦えないよう己に枷を化しておけば、魔王軍の幹部たちなら容易に自分を討てるだろう。


 面倒事を避けるなら、このまま命を断てば良い。

 シュテイン王子とて、あまりにも無茶な要求は突っぱねられると理解しているのだろう。

 それでもこの提案は、乗っかる価値があるように感じた。リスクもあるが、それ以上に敵の懐に潜り込めるメリットは大きい。



「良いだろう。精々、歓待の準備でもしておくことだね」

「ふん、精々ほざけ」


 そんな捨て台詞とともに、やがてシュテイン王子の声が聞こえなくなった。



***


「冗談、ですよね? 魔王様。あんな要求に本気で従うつもりなのですか?」

「ああ。それに分の悪い賭けでもないさ」


 敵のリーダーと相まみえるチャンスでもある。


 ほんの一撃、一瞬で良い。

 刺し違えてでもシュテイン王子を殺せれば、それで戦争が終わる可能性すらある。ヴァイス王国の状況を、アルベルトはそう推測していた。



「キール、留守を頼む」

「その命令は聞けません、魔王様!」


 止めようとするキールの言葉に、アルベルトは耳を貸さない。


「そうだね、万が一のことがあったら――正式な魔王が決まるまでは、君が代わりをつとめておくれ」

「ふざけないで下さい! そんな、そんなこと……!」


 アルベルトの中で、これはもう決定事項だったのだ。


 己の命は二の次。

 自分の命が魔族にとって不利益になるなら、容赦なく切り捨て、有効活用できる道を模索する。大丈夫。魔族は、1人の魔王を失ったぐらいで揺らぐはずがないのだから。

 ……そう、アルベルトは結論を出していたのだ。



 そうしてアルベルトは、執務室を出ていった。

 シュテイン王子の気が変わらないうちに。


「代わりなど……、居るはずが無いではありませんか――」


 無人の執務室で、吐き出すようにこぼれたキールの言葉。


「あなたが、どれだけ忠誠を誓われているか。どれだけ心の拠り所になっているか――あなたは、全然分かっていなかったのですね」


 あまりにも卑劣な手段。


 基本的に真っ向から戦えば、圧倒的に魔族有利なのが人間と魔族の戦いだ。

 その差を埋めるため、人間は様々な工夫を凝らしているとは聞いていたが――こんなものまで含まれると言うのか。


「まず私の仕事は、この件を隠すこと……、ですか。本当に、気が進みませんね」


 キールはそうぼやく。


 納得はできなくても。

 自らの主君が、そう決めたのなら。

 忠臣である自分に許されるのは、その意を汲んで忠実に動くことだけだ。



***


 アルベルトは、最後に救護室を訪れていた。

 顔が見たかったというのもあるし、やっておかないといけないことがあったのだ。


 ベッドでは、アリシアが安らかな寝息を立てている。

 夜なべして魔道具を作っているなんて話があったみたいだけど、今日はゆっくり休んでいてくれたみたいだ。



「支配者・アルベルトが命じる。何が起きても、後を付いてこないこと――決してボクの敵を討とうとしないこと」


 これは、アルベルトのエゴだ。

 だけどもアリシアがこの事実を知ったら、必ず追いかけてきてしまうだろう、という確信があった。この命令は、きっと彼女にとって不本意で、それでもそうせずには居られなくて。




「さよなら、アリシア」


 アルベルトは、そう告げ歩き出す。


 指定された場所は、ニルヴァーナの砦。

 ブリリアント要塞都市の目と鼻の先にある砦であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る