ユーリが望んだもの

「見て下さい、アルベルト! ユーリがやりましたよ!」


 私は、客席でぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 何やら険悪な表情で睨み合っていたユーリとフローラであったが、一度成立してしまった決闘を取り消させるのは不可能だ。ユーリが心配でハラハラしていたが、終わってみれば杞憂の一言。

 終始、ユーリの思惑通りに進んだ戦闘だったと言える。


 フローラの放つ魔法は、一時期より威力が上がっているように見える。

 私やリリアナからすれば、正直、敵ではない……のだけど――ちょっと前まで戦うことすら出来なかったユーリにとっては、強敵で間違いない。


「当たり前だよ、ユーリは強い。特に、罠の貼りあいになったら独壇場だよ――直接、教えた僕が保証する」

「え? アルベルトが教えてたんですか?」


 黙って頷くアルベルト。

 むむむ、私じゃなくて、ライバルのアルベルトに教えを求めたのは、ちょっぴり面白くないけれど。今は、ユーリの健闘を素直に喜んでおこう。



 そうして戻ってきたユーリは、


「さあ、フローラ。アリシア様に謝って下さい」

「は? 何だって私が!」


 フローラに、そんなことを命じていた。



「今回の決闘は、勝った方が負けた方の言うことを聞く。だからあなたは、アリシア様にきちんと謝罪をするべきです」

「ユーリ? まさか、そんなことのために危険なことを……」


 呆然とする私の前で、


「あっはっはっは――」


 フローラが、狂ったように笑い出した。


「まさか……、そんな甘っちょろいことを頼むなんて。冗談でしょう?」

「何とでも言って下さい。僕は、あなたのような人間が、アリシア様の傍に居ることが許せない。だから――これは、最低限のけじめなんです」

「なら、こう命じれば良いんじゃない~? 聖アリシア隊から出て行けって。二度と姿を見せるなって」


 フローラは、敵国の元・聖女だ。

 そんな人間を傍に置いておくなど、たしかにユーリにとっては許しがたいのだろう。むしろ魔族たちの反感を利用して連携の練習に取り組ませた負い目もあり、私は申し訳ない気持ちになる。



「アリシア様の判断には文句ありません。気に食わないことがあったなら――悪いのはすべてあなたです」

「何よ、それ……」


 鼻白んだようにフローラは黙り込む。



 それからフローラは、何やら葛藤するように私の方を見る。

 あの日のそれは、結局のところ、苦痛から逃れるための懇願。この女に、自らの罪と向き合う日は果たして来るのだろうか。


 ……フローラからの謝罪の言葉か。

 ユーリには申し訳ないと思いつつ、今となっては限りなくどうでも良い。



「アリシア、様。その……、申し訳――」

「どうでも良いわ」


 一時期は、見ただけで胸を焼き尽くさんばかりの怒りに駆られたけれど。

 今は、フローラと向き合う時間があるなら、もっと前を向きたいと思う。人間と魔族の戦争、シュテイン王子への復讐。立ち止まっている時間なんてない。


 だけど、ユーリに余計な心配をさせたのは失策か。

 そんなことになるなら……、



「でも……、魔族たちもあなたから学ぶことは学んだでしょうし――」

「え? まさか……」


 それは予想外の反応だった。

 フローラはたしかに、ショックを受けた顔をしたのだ。別に、また地下牢に戻そうという訳でもない。面倒な命令から解放されて、むしろ喜ばしいことだろうに。



「嫌なの?」


 ギリリ、と悔しそうに唇を噛むフローラ。

 それから、こくりと頷くのだった。


 王国に居たころは、悪魔だと思っていた。

 魔王城でも、おおよそ、その表情を見たことはなかった。

 黒い憎しみの感情をぶつける相手に過ぎず――こうして、フローラをまっすぐ見るのは初めてにすら感じられた。


 当たり前であったが、フローラは人間だった。

 あまりにもちっぽけで、滑稽で……、



「なんか……、哀れね」


 出てきた正直な感想はそれ。


「――哀れ、ですって!?」

「安心して。あなたをこれ以上苦しめるつもりはないわ」


 感情を向ける価値もない。


「そうねえ、あなたもシュテイン王子に裏切られた側の人間だし……、ついでに復讐してあげるわ」


 もう、顔を見ることもないだろう。

 そう話を切り上げようとした、その時、



「ふざけないで頂戴!」


 憤怒に顔を染めながら。

 思わずといった顔で、フローラは口を開く。



「言うに事欠いて、私を……哀れ、ですって?」


 向けられた強い感情。

 その歪んだ表情は、やはり私にとっては見慣れたもので。



「哀れじゃなければ、何だって言うの? 人生すべて捧げて、つまらないことをして――そうして手にしたものも裏切られて。ねえ、今、どんな気持ちなの?」

「馬鹿にして……!」


 向けられたのは、ギラつく目。



「殿下が私を切り捨てた? ふざけやがって。ついでに復讐してあげる? ……人を舐めるのも大概にして頂戴!」


 シュテイン王子への怒り。

 それから久しく忘れていた、私へのギラつかんばかりの感情か。



「あいつへの復讐を、おまえより先に遂げてやる。その時になって、眼中にありませんみたいな顔――できるものならしてごらんなさい」


 そこまで言い切って、フローラはサッと顔を青ざめさせる。

 そんなことで、今更咎めるつもりもないのだけど。



「好きになさい。そこまで言うのなら……、せいぜい役に立ってちょうだいな」


 私は、そう言い捨て、静かに訓練場を後にするのだった。

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