ユーリvsフローラ

 あっという間に、決闘の日になった。


 場所は、いつもの訓練室。

 かつて私が、ブヒオさんと決闘した場所だ。



 私は、アルベルトと並んで客席で観戦していた。


「ユーリ、大丈夫でしょうか……」

「やれやれ。君もフローラも、あの子を甘く見すぎだよ。まあ見てなよ」


 アルベルトが、楽しそう壇上に視線を送る。

 その確証に満ちた声を背に、私はこてりと首を傾げるのだった。


***


「うふふ、覚悟は良いかしら?」

「何の覚悟ですか? それにしても……、やっぱり思ってたとおりですね」


 壇上では、ユーリとフローラがが睨み合っていた。

 ユーリはフローラへの怒りを燃やしながら、冷静にその弱点を見つけ出している。



「人間の間では、こんなことわざがあるんですよね? 弱い犬ほどよく吠えるって――ああ、こういうことかって思いました」

「なんですって!?」


 無邪気な顔で、ユーリはフローラを煽る。

 それは、アリシアの前では見せられないもう1つの顔。

 


 フローラの弱点。

 それは、弱者とみなした相手からの逆襲。

 相手を煽り冷静さを奪う戦い方は、フローラも得意としていたが、だからこそ自分がその策中にあることには気が付かない。


 フローラは獰猛な笑みを浮かべ、


「元奴隷の雑魚の分際で――ぶち殺すっ!」

「できるものならご自由に」


 ユーリは黒い笑みを浮かべながら、戦いが始まった。




「威勢の良いことを言いながら、逃げ回るだけなのかしら~?」

「そう言うあなたは、馬鹿の一つ覚えみたいに、つまらない戦いをしますね」


 フローラの魔法を、ユーリが軽やかに回避する。


 ユーリの武器は、呪詛魔法をふんだんに埋め込んだ短刀だ。

 接近しなければなかなか決め手がないが、フローラは魔法による弾幕を張り、なかなか接近戦を許さない。



「ふん。勝てば良いのよ、勝てば!」

「本当に――あなたのつまらない生き方がにじみ出た、実にあなたにお似合いの戦い方だと思いますよ」


 悪く言えばフローラの戦い方はワンパターン。

 シンプル故に、なかなか崩す隙もない。



 口ではそう言いながらも、ユーリは防戦一方だった。


「あなたには大切なものが何もない。操られるままに生きて、ただ他人を踏みにじることだけを生き甲斐に感じて――ああ、本当に楽しい生き方ですね」

「奴隷ごときに、生き方を言われる筋合いはないわよ~?」


 もっともユーリの顔に焦りは見られない。

 事実、彼は着々とある準備を進めていたからだ。



「あなただって、今は奴隷でしょうに」


 気が付かれないことが絶対条件の奇襲。

 だからこそ相手に絶えず言葉を投げつけ、冷静さを奪い取る必要がある。


「それに僕は、奴隷でも構いません。聖アリシア隊で、アリシア様のために戦って。今の毎日に満足してますし、志を同じくする仲間だって居ます。毎日がとっても幸せですから」

「その笑みを引っ込めなさいよ! 今は決闘――あなたの考え方なんて、誰も興味ないのよ!」

「へー、そうですか」


 フローラの声と同時に、その魔法の威力が増す。

 ユーリは、焦るどころか勝利を確信したような表情で。



「あなたは、これから先も誰かに必要とされることなんて絶対に来ない」

「あなたに何が……!」

「つまらない生き方しかしてこなかったから、最後にはいつも捨てられるんです。あなたは最後は一人になる――いっそ哀れですね」

「――殺す!」


 ユーリの言葉は、的確にフローラから冷静さを奪い取った。

 ここまで効果があるとは、武器として言葉を振るったユーリにとっても驚きだった。


 何に怒りを覚えたのかすら気が付かぬまま。ギリリと歯ぎしりしたフローラは、殺意の籠もった目でユーリを睨みつける。

 しかしそれは、ユーリにとっては思うツボで。



「――取った!」 

「ええ、もう終わってます」


 歓喜の声を浮かべたフローラとは対照的に、ユーリは冷淡な声で。


 次の瞬間、地面に刻まれた魔方陣が効果を発揮する。

 ユーリが放った数多の短刀を軸とした簡易的な魔方陣だ。それは強烈な呪詛式となりフローラに襲かかり、またたく間にその動きを封じるに至った。



「いったい何が――」

「まさかここまで上手くいくなんて……、本当につまらない人」


 ユーリが、短刀をフローラの首に当てると同時に、


「勝者、ユーリ!」


 決闘の見届人が宣言し、ユーリの勝利でその決闘は幕を閉じたのだった。

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