決意

「ちょっとだけ、ちょっと訓練するだけですから!」

「だ~め~で~す!」


 リリアナが、何度も私を布団に押し戻す。

 仕方ない……、かくなる上は真夜中に抜け出して訓練を――



「アリシア様、絶対ろくでもないこと考えてます!」

「な、なんのことでしょう……?」


 目を泳がせた先に、ひょこりとユーリが現れた。



「アリシア様、ゆっくり休まないと――」

「休まないと……?」

「泣きます。盛大に」


 それは……、困る。

 ユーリの嘘泣きは、敵に回すと恐ろしいのだ。



 この3人には、随分と迷惑をかけてしまった。

 たしかに、たまには耳を傾けるのも良いかもしれない。休憩するのも仕事――それも真実ではあると思うし。


「分かりました。1週間、1週間だけ休暇を取ります!」


 再び横になった私に、


「ナイスです、ユーリ!」

「やりました、リリアナ様!」

「僕よりユーリのお願いを聞くのは、すご~く複雑なんだけど?」


 アルベルトは、ふてくされたようにジト目になる。

 いつになく子供っぽく見える顔に、思わず笑みがこぼれてしまう。


 戦場で見せた戦いぶりからは想像もできない姿。

 それは私も同じだろうか。



 ――ああ、私は今を楽しいって思っているんだな

 その気付きは自然な感情であり、同時にひどく意外に思えた。

 復讐を果たすため、色々なものを捨てた気でいた。


 それでも、今は心地よい。

 特務隊時代とは違う、もう1つの居場所。



「そうか。だから、私のやりたいことは――」


 復讐への渇望と、今を愛する気持ち。

 それは相反するようで、どちらも矛盾しない。


 ここが大切になればなるほど、壊されることが恐ろしい。

 この平和を脅かす者は、なにを置いても排除する――復讐の願いと同じぐらい、気がつけば私の中で育った大切なもの。

 だからこそ、私は武器を手に取り戦うのだ。ここを大事に思うからこそ、戦わなければならないのだ。



 そんな時、救護室の扉が開かれた。

 姿を表したのはフローラ――かつて私を死に追いやり、今は特務隊でこき使われている女の姿であった。


***


「アリシア……様、お目覚めになったのですね」

「なに? ずっと目覚めなければ良かった?」

「何の用だい?」


 私とアルベルトの視線を受けて、フローラはヒッと涙目になった。地下牢で囚われていた日々は、すっかり彼女のトラウマになっているらしい。



「ご報告申し上げます」


 フローラは、私が眠っているベッドの手前にひざまずき、私の機嫌を伺うようにそう切り出した。

 いったい、こいつが何の用だろう?

 不思議に思った私が、視線で続きを促すと、



「12小隊の訓練の件で――」

「……え?」


 驚くことにこいつは、私が眠っている間も12小隊の面々に訓練を施していたという。従属紋の影響で、表だって敵対行動を選ぶことは出来ないだろうけど……、


「リリアナの命令ですか?」


 そう問いかけると、リリアナはふるふると首を横に振った。

 思わず、まじまじと見つめてしまう私に、


「いったい、どういう風の吹き回し?」

「別に? 雑魚魔族をおちょくるのが良いストレス発散だったってだけよ」 


 フローラは、露骨な舌打ちとともにそう答えるのだった。



「ストレス発散にしては、最近は随分と無様ですけどね……」

「なんですって!?」

「だって最近は、悲鳴を上げながら攻撃から逃げ回ってるだけじゃないですか……」


 リリアナの言葉に、フローラは面白くなさそうに黙り込む。

 まあ、あの人数の魔族が連携を覚えたなら、間違いなく、フローラより魔族たちの方が優位に立つだろうけど……。



 不思議と、フローラは特務隊の面々とも溶け込み始めているらしい。

 これでも1つの戦場に参加して(最前線でオトリにされて、敵の魔法から逃げ回っていたと聞いた)多少なりとも感情が移ったのだろうか。

  


「ふん。大方、訓練で触れ合う魔族たちの成長を見て楽しくなったとか、ライラに頼られるのが嬉しくなっちゃったんじゃないですか?」


 ぽつりと呟いたのはユーリ。

 その言葉の節々から毒が漂っており、いつになく敵意を剥き出しにするユーリに私は驚いてしまう。



「あら? 訓練に参加すらしない弱虫に、いったい何が分かるっていうのかしら~?」

「不愉快なんですよ、その笑みも。その言葉も――なんでアリシア様を傷つけた悪魔から、教えを受けないといけないんですか?」


 ユーリは、いつになく怖い顔をしている。



「フローラ、僕はあなたに決闘を申し込みます」

「「!?」」


 それから驚く私の前で、ユーリはそんなことを宣言。


「決闘で勝った方は、1つだけ相手に何でも言うことを聞かせられる。そんなルールでどうですか?」


 驚き言葉を止める私やリリアナ。

 一方、フローラはユーリの挑むような視線を真正面から受け止め、



「あら~? 本当に良いの?」


 にたあ、と意地の悪い笑みを浮かべる。

 格下とみなした相手を前にした、ろくでもないことを考えているときの笑み。



「ユーリ、本当にどういうつもりで――」

「止めないで下さい、アリシア様。これは個人的な感情で――ただ許せないって、思っただけですから」


 ユーリ本人に、申し訳無さそうに、けれどもはっきりとそう言い切られてしまえば、もうかける言葉などなく。

 私は、ええ、と頷く他なかった。

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