ひとまずの決着

 イルミナの戦闘は、シンプルだが実に強力なものだった。

 防御を捨てて、確実に相手の命を削るべく攻撃を続ける捨て身の戦法。

 致命傷を与えても瞬時に回復されるどころか、攻撃の起点として利用される始末。


 そうしてイルミナの動きを観察して、気がついた事実があった。



「魔王さん! 現れた直後のイルミナの動きを観察して下さい!」



「現れた直後?」

「はい。正確にはイルミナは魔法を詠唱しています。恐らく特定の条件に合わせて発動する設置型のカウンター魔法です」


 それはイルミナの動きと、術式を解析して気がついた事実だった。

 彼女は死んだ後、魔王の呪詛魔法で動きを封じられた後、必ず同じ行動を取っていた。あたかも決められた動きをなぞるように真後ろに出現し、必ず同じ魔法で反撃していた。


「カウンター魔法だって?」

「はい。恐らくイルミナは、自らの死を発動条件に設定しています」


 魔王さんが信じられないとばかりに目を見開いた。

 自らの命をチップとして扱うギャンブルに勝たなければ成功しない狂気の魔法。

 私もこの目で見るまで考えたことすらなかったが、たしかにこの現象を可能とするだろう。


「正体がカウンター魔法だとすれば、発動直後に必ずかけ直しが必要です」

「アリシア、つまりボクは何をすれば良い?」

「一度殺した直後に魔法詠唱の隙を与えず、もう一度殺して下さい」


 特定の条件で起動するカウンター魔法は、術式の高度な理解が必要だ。

 また掛け直しも必要であるため、戦闘で実用レベルに使いこなせる人は居ないと思っていた。

 おそらく条件を満たした際に発動させる現象を一定にすることで、術式を出来る限り簡略化しているのだろう。


 だとしても自らの死を条件として設定するなんて。

 狂気の沙汰としか思えない。



「あらまあ、困ったことになりました。そこの魔女さんは、良い目をお持ちなんですね」


 困ったように微笑むイルミナ。

 そう言いつつ、まるで堪えた様子はない。


 不死身に見えたイルミナであったが、それは種も仕掛けもある魔法によるもの。

 戦術が暴かれたなら、少しは慌てる気がするのだけど。



「リリアナ、魔法を貯めておいて。ボクが先に殺る」

「かしこまりました、魔王様」


 初の共闘だと思えないほど、魔王さんとリリアナの戦闘は息があっていた。

 私は基本的には単独で暴れ回りたいタイプだからな。

 この二人は、意外と相性が良いのかもしれない。


「はあ。潮時ですわね」

「逃がすとでも?」


 まただ。この余裕は、いったい何なのだろう?

 戦意の無くなった様子で、イルミナは脱力する。


 魔王さんの一撃は、確実にイルミナの生命を奪い取るだろう。

 カウンター魔法のトリガーを引き、直後にリリアナが魔法を撃ち込む。

 それで終わるはずだ。


「今日のところは遊びに来ただけですからね。見逃して差し上げますわ」

「いつまで強がりが言ってられるかな?」



 魔王さんは一気にイルミナに肉薄し、その体を鋭い爪で引き裂いた。

 その数瞬後、魔王さんの真後ろにイルミナが現れる。

 やはりイルミナは、いつものようにジャッジメントの魔法を唱えようとしていた。


 カウンター魔法により同じ動きを繰り返しているのだ。

 初見では脅威だったが、種さえ割れてしまえばそれは致命的な隙となる。



「リリアナ!」

「はい、アリシア様!」


 リリアナが魔法を解き放とうとしたところで、


「仕方ないか」

 つまらなそうなシュテイン王子の声。

 シュテイン王子のレーザー銃から、敵を消滅させる純白のレーザーが射出される。

 ――イルミナに向かって。


 「はあ?」


 私は、呆然と事態を見守ることしか出来ない。



「楽しかったですよ。また戦場で、お会いしましょう」


 気がつけばイルミナが、シュテイン王子のゴーレムの肩に座っていた。

 瞬間移動――またそうとしか表現出来ない現象が起きていた。


 どうして――?

 術式の掛け直しは、到底間に合わなかったはず。一体、何が起きた?


 混乱する私たちを余所に、シュテイン王子のゴーレムが巨大な魔法陣に包まれていく。

 そうして私たちが反応する間もなく――


「消えた!?」

「転移、魔法?」


 次の瞬間には、跡形もなくその場から消えてしまったのだ。



 私はその場に残された術式を解析して、ようやく気がついた。

 これはイルミナが用意していた保険だったのだろう。



「トリガー魔法――シュテイン王子に殺されるという事象を、自らの死とは別で定義しておいたのですね。完全にやられました……」


 今頃、シュテイン王子とイルミナは王城に転移していることだろう。

 転移魔法のような複雑な魔法まで発動できるのは、予想もしていなかった。



 死をトリガーとしたカウンター魔法。

 まるで自らの生命すら駒のように扱う姿勢。

 その精神状況を想像して、私は背筋が凍るようだった。


「ごめんなさい、見破れませんでした。逃してしまいましたね……」

「とんでもないよ、アリシア。ボクたちだけじゃ糸口も掴めなかったしね」

「アリシア様は、ここに居る亜人たちの生命を救いました。私達の勝利ですよ!」



 敵に逃げられたことを悔やむ私だったが、魔王さんとリリアナは私を励ますようにそう言った。


 シュテイン王子の待ち伏せは、こちらの身動きを封じる嫌らしいものだった。

 最初の劣勢を思えば、十分すぎる戦果ではあった。


「また戦場で、ですか」



 王国は、教会と手を取った――とんだ隠し玉を持っていたものだ。

 王国を滅ぼすための戦争を続けていれば、彼女ともまた相対することになるだろう。

 今回は翻弄されたけど、

「「次は負けない」」


 魔王さんと声が揃った。

 意識することなく、自然と視線が重なる。


「やっぱりボクたちは、似た者同士なのかもね」

「ええ。魔王さんは味方なら、本当に頼もしいです」

「ボクもだよ」


 そんなやり取りをしていると、



「はいはい、いちゃいちゃしてないで魔王城に戻りましょうね~」


 リリアナが、パンパンと手を叩いた。

 いや? 私と魔王さんは、そんな関係じゃないですけどね!?

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