7章 新たな強敵
因縁
「さようなら」
鎌を一閃。どう、と倒れ伏すエスタニア。
そうして私の鎌は、あっさりとグラン商会の長──エスタニアの命を刈り取った。
「あはっ、殺っちゃいました」
ちなみに作戦では、エスタニアは生け捕りにする予定であった。奴隷たちが捕らえられている収容所の位置を知るだけでなく、奴隷たちを助けた後にも利用価値があるからだ。
だからこれは私の暴走によるイレギュラー。
「まあ、過ぎてしまったことは仕方ないですよね」
後悔は全然無いけれど、魔王さんには謝っておこう。
そんなことを思いながら、私は通信機を使って連絡を取るのだった。
***
魔王さんに収容所の場所を伝え、私はようやく一息つく。
「収容所の制圧は、リリアナと魔王さんに任せておけば良いとして」
不安なのはユーリである。魔王城で戦闘訓練を受けているとはいっても、まだまだ訓練を始めたばかりだ。グラン商会の残党に囲まれたら、ひとたまりもないだろう。
「私達で守りながら魔王城まで帰れますかね?」
助ける以上は、責任を持って魔族領で面倒を見ると魔王さんは言っていた。
私も全力で隠蔽魔法を使って逃亡をアシストするつもりだが、追手が放たれた場合、無傷で逃げ切れるかはかなり怪しい。
「まずはユーリと合流しましょう」
そうして私は、魔王さんたちが居る収容所に向かうのだった。
どうやら魔王さんたちは、首尾よくやったらしい。
商品として捕らわれていた数十名の亜人たちは、既に建物の外に勢揃いしていた。不安そうに顔を見合わせる亜人たちを、ユーリが必死に宥めている。
「アリシア様!」
私に気づいたユーリが、安心したような顔で駆け寄ってきた。母と妹も一緒のようだ。
ユーリの目的が叶って本当に良かったと私は安堵する。よぎったのは孤児院長を助けられなかった苦い思い出だ。そんな悔しい思いをするのは、私だけで十分だ。
「ヒッ」
私の姿を見た亜人の一人が、顔を引きつらせた。
返り血を浴びた私の姿を見て、怯えているのだろう。別に今さらショックは受けないけど、ほんの少し悲しい気持ちにはなった。
「大丈夫です、皆さん。アリシア様は心強い僕たちの味方です」
「ユーリさんがそう言うのなら……」
私のことを恐る恐る見ていた亜人だったが、ひとまずユーリの言葉に納得した様子。
すっかりユーリは、捕らわれの亜人たちの心を掴んでいるようだ。
突如として、ずっと居た施設が襲撃を受けたのだ。
亜人たちがパニックに陥っても、おかしくないだろう。
ユーリが居たからこそ、彼らは冷静さを保っているのかもしれない。
「よくやりました。お手柄ですよ、ユーリ」
私が思わず頭を撫でると、ユーリは嬉しそうに目を細めた。
犬耳がぴょこぴょこと意思を持つように跳ねて微笑ましい。
「ユーリ、魔王さんとリリアナは?」
「二人は他の収容所に向かいました。街の外で合流する予定です」
二人のことは心配ないだろう。
「隠蔽魔法をかけます。皆さん、出来るだけ集まって下さい」
「あ、ああ」
「すまねえ……」
集まっていた亜人たちに隠蔽魔法をかけ、私たちは魔王たちとの合流地点に向かうのだった。
***
「おつかれさまです、魔王さん!」
合流地点で、私たちは無事に合流を果たす。
魔王さん、リリアナはそれぞれ救出した亜人たちを連れていた。
「アリシア様、ご無事で何よりです!」
「本当にグラン商会を一夜で壊滅させるとは――さすがはアリシアだよ」
グラン商会の警備兵は全滅し、その長は死亡。
少なくない被害を受けたグラン商会は、そう簡単に立て直すことは出来ないだろう。
作戦は大成功。
私たちの間には、弛緩した空気が流れていた。
――その一瞬を突かれたのだ。
「ッ!?」
最初に異変に気がついたのは、私だった。
「皆さん、その場を動かないで下さい!」
「アリシア?」
何かが来る⁉
こちらに向かってくる凶悪な魔力反応。
鋭く叫び、私は全力で結界を張る。
亜人たちまですっぽり包み込むような巨大な結界だ。
聖女の魔力に物言わせて作り上げたものだ。
それと同時だった。
木々を焼き払いながら凶悪なレーザーが、私たちに向かって飛んできた。
「くっ⁉」
全力で張ったはずの結界があっさり貫かれ、私は慌てて結界を多重付与する。
「なんて威力!」
危うくせっかく助けた亜人もろとも、焼き払われるところだった。
視界が白く染まるほどの純白の光が収まり、私は結界を解く。
そうして現れたのは――
「ふん、また貴様の顔を見ることになるとはな」
「ヴァイス・シュテインッ!」
憎くて憎くてたまらない因縁の相手。
元・婚約者にして全ての元凶である王子が、巨大なゴーレムの肩に乗っかり私たちの前に姿を表した。
全長数メートルはあろうかという巨大ゴーレムは、国でも有数の魔法使いにしか作れない兵器そのものであった。
「へえ。君がアリシアを殺した張本人か。まさかボクの前にのこのこと姿を表すとはね。覚悟は出来てるんだろうね?」
「魔王か。正真正銘の魔女に堕ちたか」
魔王さんの殺意の籠もった瞳を受けても、シュテイン王子は飄々と受け流す。
「なあ、アリシア。なぜ俺の邪魔をするんだ? おまえの役目は、もう終わったんだよ。わがまま言わずに、さっさと退場してくれないかい?」
「は?」
シュテイン王子は、醜悪な顔を歪めてそんなことを言い放つ。
既にそこに情はなく、私のことを敵ではなく邪魔な路傍の石ぐらいにしか思っていない様子。
あまりの物言いに、言葉すら出てこなかった。
「どうしてここが分かったのですか?」
「グラン商会の脅迫状を見て、もしやと思って張っていたんだ。まさかと思ってたけれど――生まれ変わってまで、俺の邪魔をするとはね」
シュテイン王子は、余裕綽々といった調子で話し続ける。
一気に飛びかかれば、その首を取れそうな距離だ。
――でも出来ない。
シュテイン王子のゴーレムは、禍々しく輝くレーザー銃を多数搭載していた。
その銃口は、身を守るすべを持たない亜人たちに向けられていた。
「このレーザー銃は、グラン商会の特別産でね。持ち運びに難がある欠陥品だけど、その分、威力は絶大でね――」
「卑怯者っ!」
私は常に、亜人たちに結界を張ることを余儀なくされる。
シュテイン王子に攻め入る隙を少しでも見せたら、私の後ろに居る亜人たちはまたたく間に焼き尽くされてしまうだろう。
それは奇しくも、フローラが取った戦術と似たようなものであった。
「流石は聖女の結界だな。一発で全滅させるつもりだったのに、まさか耐えられるとはな。だが、いつまで耐えられるかな?」
シュテイン王子はゴーレム兵を数十体生み出し、その場に展開した。
それぞれが器用に両腕を操り、レーザー銃を私たちの方に構える。
結界の耐久度に不安はない。
だけども、こちらから攻撃する術もなかった。
予測される硬直状態。
「ボクのことを忘れて貰ったら困るんだけど」
「私も居ます」
しかし私は、一人で戦っている訳ではない。
今の私には、かつての宿敵であり志を同じくして手を取った頼もしい仲間が居る。
気心の知れた戦友が居る。
この状況は簡単に覆せるものだ。
私は警戒を解かず、魔王さんたちに向かって頷きかけた。
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