犯行予告、作戦開始
魔王たちと作戦を打ち合わせた数日後。
ユーリが予定通り脅迫状を送りつけ、グラン商会の前では大きな騒ぎが起きていた。
「お手柄でした、ユーリ。ありがとうございます」
「この中だと僕は、戦闘では役立たずですから。こういう作業は、任せて下さい」
かわいい顔で「首を送りつける?」等と、えぐい発想をしたユーリである。
流石に足が付きそうだと断念したそうだが、いったい何を送りつけたのだろう?
商会本部に向かった私たちの視界に真っ先に入ったのは、魔導具で映し出された立体映像であった。
そこに映し出されっていたのは犯行予告のメッセージ。
『亜人たち奴隷同然に扱い、富を貪る悪の商会よ──』
『たとえ国が認めても、私は決してあなたたちの存在を許さない。故に、真なる聖女・アリシアの名の元に、グラン商会に正義の裁きを下す!』
脅迫状に記されていたのは、商会長へのある種の宣戦布告。
商会の真ん前で、その脅迫状は異彩を放っていた。
普通であれば、ここまでの注目を浴びることは無かっただろう。
道行く人々に無視を許さなかったのは──皮肉にも聖女・アリシアの名前である。
その名前は王国に届いた脅迫状と共に、王国民の心には恐怖の象徴として刻まれていたものだった。王国ではタブーとして、ひそかに人々の記憶から抹殺されようとしていた名前。
どこの物好きが、そんな名前を使ったのか。
「ユーリ、なんですかこれは?」
「アリシア様の名前を広める絶好の機会だと思って」
何故か嬉しそうに顔を上気させるユーリ。ちなみに文面を考えたのは、すべてユーリの仕業である。
目的を達するために私の名前を使ったのは良いとして、もうちょっと文面はどうにかならなかったのか。
「騒々しい。なんの騒ぎだね?」
騒ぎを聞きつけたのか、不快そうな顔ででっぷり太った中年のおっさんがその場に現れた。
グラン商会の商会長──グラン・エスタニア──その人である。
「いえ、実は……。少、々いたずらがありまして」
「いたずらだと……?」
そこでエスタニアは、己に届いた脅迫状を視野に入れると、
「はんっ。聖女の亡霊が──!」
そう吐き捨てた。
──グラン商会のグラン・エスタニア。
その顔を見て、私は脳に衝撃が走るような思いを味わった。
見覚えがあるなんてものではない。魔王封印の祝勝会で、パーティの準備を整えた功労者として紹介されていたのだから。
一瞬たりとも忘れたことはない地獄のはじまり。
まさかこんなところで、因縁のある相手と再び相まみえるとは。
「ふん。勢力争いで弾き出された間抜けな聖女が、何をしようというのか。名を騙る愉快犯か──」
エスタニアにとって、私はもう過去の人でしかなかった。
出世のために踏みにじった命など数知れず。
私という存在も、数ある犠牲者の中の1人でしかないのだろう。
「でもこの間のフローラ事変では、アリシア様の無罪が主張されました!」
「やはりグラン商会は、アリシア様の無罪を知りながら排除するのを手伝ったのでは?」
「黙れ! 事実無根で悪質なデマだと何度も言っているだろう! 奴は魔女だ。まったく……我が商会は非常に迷惑している。愉快犯か知らないが──必ず捕えて報いを受けさせてくれよう!」
不安を煽られたようにエスタニアに詰め寄る街人も居た。
しかしエスタニアは胡散臭い笑みとともに、のうのうとそう言い捨てる。
「魔族に組みした魔女め──そこまで言うのなら、正々堂々と迎え撃ってやろう。我が正義の名のもとに、必ずや貴様を捕えて再び処刑台に送ってやろう!」
両手を広げエスタニアは演説した。
己の商会の強大さをアピールするように。
何ら疚しいことなどないというように。
「アリシア、様?」
「大丈夫よ、ユーリ。今日は、殺らない」
私の中で殺意が研ぎ澄まされていく。
身を焦がすような黒い炎と、研いだ刀のような冷徹な殺意。
せいぜい今は吠えておくが良い。
大丈夫、私は冷静だ。
「ユーリ、お手柄です。鮮やかなお手並みでした」
「ごめんなさい、アリシア様。嫌なことを思い出させてしまって──アリシア様の名前を利用するようなことをしてしまって……」
「いいえ、ユーリが気に病むことはない。使えるものは何でも使うべきだし、報いは──必ず受けさせるから」
そのとき私は、どんな表情を浮かべていたのだろう。
ユーリは、こくこくと頷くのみ。
結果として脅迫状作戦は大成功であった。
商会長のエスタニアは、目的通り、作戦当日に商会の本部に居座るという決断を選び取ったのだ。
派手な脅迫状を送りつけ人々の目を集めたこと。
人々の疑心を煽り、後に引けない状態を作ったこと──ユーリの鮮やかな手腕が光る結果だと言えるだろう。
こうなってしまえば作戦の決行日を待つだけだ。
私たちは街に潜入したまま、密かに水面下で準備を進めていくのだった。
◆◇◆◇◆
そうしてついに作戦決行の当日になった。
エスタニアはグラン商会の威信に賭けて、脅迫状の犯人を捕えようと勢力的に動いていたが、ついぞ私たちに辿り着くことはなかった。
整備の行き届いていない裏路地に身を潜めてしまえば、たどり着くのは容易ではない。
ましてやこの人数なら、隠蔽魔法をかけてしまえば、まず見つかることはない。
「それでは、アリシア。改めて今日の作戦を──」
「ええ」
真っ先に動き出すのは私だ。
私が単独でグラン商会に踏み込み、思うままに暴れ回るのだ。
一方で、裏で魔王たち3人が収容所を襲撃。
亜人たちを逃して速やかにユーリの家族の身の安全を確保すると同時に、狙いが亜人たちを盗むことだと思い込ませる。
慌てて本部に連絡を取るのを街、残る収容所の位置を割り出すのだ。
「この作戦で一番危ないのは、間違いなくアリシアだ。やっぱり心配だよ」
「あはっ、魔王さんは私が商会の護衛ごときに遅れを取ると、本気でお思いですか?」
「愚問だったね」
不安そうな魔王だったが、私の答えを聞いて思わずといった様子で苦笑いする。
「ユーリ、しっかりね」
「アリシア様、このような機会を与えてくださってありがとうございます。……どうかご武運を」
そうして私たちは解散し、それぞれの持ち場に向かう。
──作戦開始だ。
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