作戦会議

「どうしましょうか?」


 宿に戻った私たちは、顔を見合わせ今後の方針を相談していた。



「ユーリの家族を助け出すだけなら、夜中にでも忍び込めば可能だと思いますが……」

「かといって何者かに襲われたとなれば、奴隷商会も黙ってはいないよね」


 奴隷商会のジンに連れられて行った第3収容所は、思いのほか警備は緩い印象であった。

 数人の警備兵と、侵入者撃退用の防御結界。探知魔法で位置を把握することは出来たため、その気になれば容易に破壊可能であろう。今すぐにでも第3収容所に収容されている亜人たちを助けることぐらいは出来るかもしれないが、


「それじゃあ納得できませんね」


 奴らが捕えている奴隷の一部を逃したところで、向こうは警備を強化して終わりだろう。これからも無実の亜人たちが苦しめら、憎き王国民は笑顔のままに弱者を虐げ続けるのだ。

 それでは気が済まない。



「もう少しだけ客と訪問して、商会の調査を続けますか?」

「いや……。バレるのも時間の問題だと思う。ちょっと、その、アリシアの演技がね──」

「え……?」


 言い淀む魔王。

 そっと目を逸らしながらユーリが、


「あ、別にアリシア様の演技が下手という訳ではなくて──その……」

「そ、そうですよね……」


 ユーリの直球な言葉に、ちょっと心にダメージが……。


 ま、まあ?

 私の演技が難ありだということは、分かってましたし?


「そうだよね。アリシアは、滲み出る善人オーラを隠せてないんだよ」

「うんうん、やっぱりアリシア様はアリシア様だった」


 ちょっぴり嬉しそうに言うユーリたちだが、私はがっくり落ち込むだけだ。

 どうやら私に貴族令嬢は無理があったらしい。


「アリシア様の演技、見てみたかったですね……」


 そしてリリアナは、残念そうな顔をしていた。



「かといってこのままでは、亜人たちの身の安全を確保しながらグラン商会を叩き潰すのは不可能じゃないですか?」

「ならユーリの家族だけ助けて、残りは諦める?」

「冗談」


 グラン商会には、報いを受けさせる。

 これは決定事項だ。



「要するに商会の本部を襲ったときに、亜人たちに危害が加わらない状況が作れれば良いんですよね?」

「そうだけど場所も分からない状況で、そんなことは……」


 再び訪れる沈黙。



「あの。いっそのこと脅迫状を送りつけるのはどうでしょうか?」


 口を開いたのはユーリだった。


「脅迫状?」

「はい。亜人の救出が狙いだと思われるのが良くないと思うんです。奴らは僕たちのことを奴隷としか思っていません──そもそも奴らにとって、僕たちは人質に取れるほどの価値があるとも思えないんです」


 それは根本的な考え違い。

 奴らにとって、ユーリたちは商品でしかない。

 傷つけられることを恐れはしても、それを人質にするなど考えもしないだろうと言う。


 言われてみれば当たり前かもしれないけど、とっても──


「「胸くそ悪い」」


 奇しくも魔王と言葉がかぶる。

 

「それで脅迫状というのは?」

「はい。お前らのせいで人生が壊されたと──奴隷商会の長に対して脅迫状を送るんです」

「でも大商会の長ともなれば、脅迫状ぐらい毎日のように受け取ってるんじゃないかな?」


 首を傾げる魔王に、


「そうですね──なら一緒に首を送りましょう。……僕を連れていたあいつの首を送りつければ、嫌でも危機感を感じると思います」


 ユーリが何てことはないようにそう言った。

 可愛い顔で、なんともエグいことを……。


「狙われてるのが自分だとなれば、捕えた亜人のことなんて気にもかけないでしょう。むしろターゲットの警備が厳重になることが、問題かもしれませんが……」

「そこは問題ありませんよ」


 なんせ私には、王国の近衛を薙ぎ払ってフローラを捕えた実績がある。

 奴隷商会が雇う護衛程度、ものの数にも入らないだろう。



「でも結局のところ、それでは捕らわれた亜人たちを助けることは出来ませんよね?」


 結局のところ王国は、奴隷制度を認めている。

 たとえグラン商会を壊滅に追いやったとしても、新たな奴隷商会がグラン商会の奴隷を買い取るだけだろう。


「それはそうなんですが……。そこまではアリシア様の手を煩わせられませんよ。混乱に乗じて乗り込めば僕だって──第3収容所のことは、僕がどうにかします」


 せめて自分の家族だけは、自分の手で助け出す。

 ユーリは、そう決意を滲ませた。



 そうは言っても本心では捕らわれた亜人たちを、放っておきたいとは思っていないはずだ。

 それなら、いっそ──


「魔王さん、私が本部を襲撃している間に3人で亜人の救出に向かうというのはどうですか?」

「無茶だよアリシア、1人で乗り込もうっていうの?」

「あはっ。魔王さんなら、私の強さは知ってるでしょう?」

「それはそうだけど……」


 何か言いたげな魔王だったが、私は強引に押し通す。


 私も魔王も、個人で暴れるのが得意な戦闘スタイルだ。

 一人で本部に向かうことに、何ら問題はない。

 そして魔王・ユーリ・リリアナの3人で収容所を襲撃したのなら──



 作戦はこうだ。

 まずは私が、グラン商会の本部を襲撃する。

 同時にユーリたちが第3収容所を襲撃して、ユーリの家族の安全を確保する。

 それと同時に、きっと第3収容所の警備隊は襲撃があった旨をグラン商会の本部に伝えるはずだ。警備を強化するように、本部から各収容所に指示を出すはず。

 そこを逆探知して、収容所の場所を割り出せば良い。


「逆探知!?」

「そんなこと出来るの!?」

「はい。要は魔力の流れを追いかければ良いだけですからね」


 随分と大げさに驚かれてしまった。

 やろうと思えば、誰でも出来ると思うけど……。


「アリシア様の立てる作戦は、アリシア様の規格外の能力がないと成り立たないものばかりです。魔王様も早く慣れるのが良いかと……」

「君も随分と苦労してきたんだろうね……」


 そしてリリアナたちが、遠い目でそんなことを言いあっていた。


 

「作戦に異論はないよ。ミスト砦の防衛戦といい、君は戦闘のことになると突拍子もない案を出してくるんだね」

「あはっ。それって褒めてるんですか?」

「勿論だよ。最初は、正面から乗り込んでぶちのめそうと言ってた人と同一人物だとは思えないよ」


 そう言って、魔王はじとーっと私を見るのだった。

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