ユーリの家族を探して
「本日は何がご入用ですか?」
私たちがグラン商会に行くと、でっぷり太ったおじさんが私たちを出迎える。
「新しい奴隷を数人ほど」
「予算はどれぐらいで?」
「金貨500枚で」
まるで亜人を物のように扱う発言に鳥肌が立ったが、今の目的は情報収集だ。
貴族令嬢に成り切らなければならない。
「その価格となると、第三収容所から見繕うべきか。利用用途は、労働力というよりは愛玩用かい?」
「え、ええ……」
奴隷商人──ジンと名乗った──は、にやにやと嘲るような目でユーリを見る。
たしかにユーリは、肉体労働に向く体格では無いけれど。
「おほほ。私、この子のことが気に入っちゃって。是非とも家族のことを探して差し上げたいな~って」
「はあ。家族ですかい?」
訝しげな顔をする奴隷商人。
普通の貴族なら奴隷の家族を探すなんて行動はしない。
しまったと思った私を庇うように、
「か、家族……? 僕に何をさせる気?」
「君はこれから、一番大切にしていた家族を殺すんだよ。良いショーが見られそうだね」
怯えたようにユーリが言い、魔王はくつくつと悪そうな笑みを浮かべる。
驚くほどに堂に入った悪人っぷりだった。
「ふむふむ、なるほど。あなた達もなかなか良い趣味を持っておられる。でもお金さえ貰えるのなら──抜かりなく用意いたしましょう」
「直接、会わせて頂くことは出来ますか?」
「ええ。お任せ下さい」
ジンはそう言い切って、部屋の奥に去っていく。
やがて帳簿を持って帰って来ると、
「その奴隷は、本当に当商会で購入されたものですか?」
首をひねりながらそう言った。
なんでもユーリの売買記録が残っていないとのこと。
考えてみれば当たり前であった。ユーリを管理していた奴隷商人は、既にこの世に存在していないのだから。
「はい。たしかにこちらのグラン商会を名乗る商人から買い取りましたが……」
「アリシア、そう言えば訳ありな様子で随分と格安で引き取れたんだよね。不良品という訳でもないし、訳ありかとは思いましたが……」
「ああ、なるほど。商品を持ち逃げされましたか──」
口ごもる私を余所に、ぺらぺらと口から出任せを吐く魔王。
ちらりと魔王に視線を送ると、どこか得意げな顔をしていた。
「幸運でしたね、その奴隷の家族はまだ売れ残っています。第三収容所に連れていきます──他にも気に入った奴隷が居れば、安くしておきますよ」
「楽しみだよ。ね、アリシア?」
「え、ええ。そうですね……」
──魔王さん、すごい……
私なんて、なにか質問されるたびに口ごもってばかりだったのに……。
そしてさり気なく名演技が光ったのは怯えた表情を見せたユーリである。視線が合うと、ちょっと得意げな顔をしていた。家族の救出に役立てるのが嬉しいのだろう。
そうして私たちは、まんまと収容所への侵入を果たすことに成功する。
***
町外れの薄暗い建物の地下に、収容所は存在した。
鉄格子で区切られたスペースの中に、大勢の亜人たちが捕らわれている。
中に居る亜人たちは、感情の抜け落ちたような瞳を私たちに向けていた。
「ここに捕らわれているのは、高く売れる見込みのある奴隷たちばかりでね。一芸に秀でていたり、観賞用、最高品質の奴隷ばかりでして──まさしくヴァイス帝国の中でも一級品ばかりだと自負していますよ」
収容所の中を歩きながら、ジンが上機嫌にそう語る。
「なんだその反抗的な目は!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「教育が足りないみたいだな!」
奴隷を鞭打つ音が聞こえてきた。
まるでそれが日常であるかのように、奴隷商人は何事も無かったのように進んでいく。
すすり泣く亜人たちの声が聞こえてくる。
平和に村に住んでいたのに、突如として王国軍に踏みにじられ、ここに連れてこられたのだろう。まさに地獄のような空間だった。
「……アリシア?」
「分かってます」
私は固く唇を噛む。
どこまでも不快な光景だった。いっそのこと、感情のままに暴れまわりたいぐらいだ。だけどもそれは、今ではない。
最低限、ユーリの家族の安全を確保する必要がある。
──ごめんなさい、でもきっと助け出しますから
この怒りは、奴隷商会を叩き潰すときまで置いておこう。
恨めしそうな視線を向けてくる亜人たちに、私は内心で謝ることしか出来なかった。
「こちらですね」
そうして私たちは、ユーリの家族の元に通された。
「ユーリ、ユーリなのか!?」
「お父さん、お母さん、ミシャ──!」
鉄格子の中に居たのは、ユーリとそっくりな3人の獣人族である。
お父さんとお母さんと、妹かな?
鉄格子越しに、互いに無事を喜ぶユーリたち。
本当は、すぐにでもユーリの家族をここから助け出したいけれど。
「アリシア、分かってるよね」
「ええ。大丈夫です」
釘を刺すように魔王。
大丈夫、私は冷静だ。
ここで暴れまわったところで、状況は好転しないだろう。
「ユーリ? 今生の別れは済んだかしら?」
「アリシア様、どうか家族だけはお許しを……。他のことなら、何でもしますから──」
瞳をうるうるさせてユーリが言う。
まるで愛らしい小動物のような仕草に、私は思わず、
「分かりました。やっぱりこのようなこと良くないですよね──」
「それは君が、アリシアを満足させられるか次第だよ」
はっ。なんという破壊力!
演技だと分かっていても、ついついユーリの言うことを聞いて上げたくなってしまう。
割り込むように魔王が、そう言い繕った。
これで今日の目的は達したことになる。
このような反吐が出そうな空間、これ以上居たいとは思わない。
奴隷商会に戻った私たちはジンに礼を言い、宿に戻るのだった。
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