6章 奴隷商会の末路
潜入、奴隷商会
翌日、私と魔王は奴隷商会のあるアリュネス領に向かうことになる。
アリュネス領は、魔族領と接する王国領の1つである。どうやら魔族領からさらって来た亜人を、そのまま奴隷として安くこき使っていたようだった。
「アリュネス領では、半ば公然と奴隷の売買を行っています。奴隷商会と領主が、手を組んでいるなんて話もあるぐらいです」
ユーリは悲しそうにそう言った。
奴隷の亜人種がこき使われている光景は、残念なことに王国では珍しいものではない。特にアリュネス領は、奴隷の売買を通じて随分と儲けを出しているとも言う。
「胸くそ悪い話です」
それだけ聞けば十分だった。
遠慮する必要は一切ない。情け容赦なく叩き潰そう。
あくまで私用なので、今回は魔王軍を動かすことは出来ない。
それでも心配した魔王は、付いてくると言って聞かなかった。私の専属侍女となったリリアナも一緒である。
「ユーリ? 別に無理をしないでも……」
「決してアリシア様の邪魔はしません。グラン商会を叩き潰すというのなら──どうか僕のことも連れて行って下さい」
歓迎会で出会った犬耳少年ことユーリも付いてくると言って聞かなかった。
あの後、彼は本当に魔王軍の門戸を叩いたらしい。
もう二度と悔しい思いをしないため、慣れないながらも必死で武器を振るっていたという。まだまだ戦力としては程遠いが、これから向かう奴隷商会にはユーリの家族も捕らわれているのだ。
自分の手で助けたいと願うのも無理はない。
「僕は、奴隷商会の場所を知っています。必ず役に立ってみせます」
「そこまで言うのなら──」
もともとユーリを戦わせるつもりは無かった。
そうして私・魔王・リリアナ・ユーリの4人で、アリュネス領に向かって移動を始めるのだった。
◆◇◆◇◆
1日野営を挟み2日目の午後。
私たちは、グラン商会のあるアリュネス領に無事に到着した。普通に歩けば1週間以上かかる距離だが、支援魔法の効果で移動時間は大きく短縮されていた。
私たちは、ひとまず街の中で手頃な宿を取ることにした。
今回の作戦の目的は2つ。
1つは、私の復讐の達成──楽しい歓迎会を台無しにしてくれた報いを受けさせること。2つめは、ユーリの家族の救出である。
私たちのターゲットは、グラン商会という奴隷商会である。
アリュネス領を中心に活動する大規模な商会で、奴隷の売買だけでなく違法薬物まで手掛ける悪質な商会でああった。
「それでアリシア、これからどうするの?」
「どうって……。このままグラン商会に乗り込んで、正面から叩き潰すつもりですが?」
「……本気?」
「ええ。何かおかしなことを言ってますか?」
きょとんとする私に、魔王は遠い目になった。
「たしかにアリシアと僕なら、小さな商会程度なら制圧するのは容易だろうけど。相手は碌でもない集団だからね──たとえば罪もない奴隷たちを人質に取られたとして、アリシアは見捨てられないよね?」
「うっ……」
魔王の指摘はもっともだ。
たとえ奴隷商会を叩き潰せても、捕らわれている亜人が皆殺しにされでもしたら後味が悪すぎる。そして最悪の場合には、商会の人間が奴隷たちを人質に取る可能性も十分に考えられた。
「ならどうするんですか?」
「簡単だよ。まずは客として接触すれば良いんじゃない?」
「客、ですか……?」
ぽかんと口を開く私に、
「アリシア──君は、貴族令嬢に混じってダンスパーティなんかにも参加してたんだよね?」
何故だか魔王は、とても楽しそうに微笑みかけるのだった。
***
数時間後。
「無理です。無理です、無理がありますよ!」
「いいや、とても似合ってると思うよ」
私は、魔王が買ってきたドレスを身に纏いながらぶんぶんと首を振っていた。
普段着慣れているバトルドレスと異なり、コルセットの締め付けがとても苦しい。いったい何を考えて、貴族のご令嬢はこんなものを着ているのだろう?
私が、こんなものを着ることになった原因は簡単だ。
魔王は、あろうことか客としてグラン商会を訪れようなどとのたまったのだ。
奴隷とは、貴族の嗜好品。貴族に扮して奴隷を売買するために訪れ、そのまま奴隷が捕らわれている場所を突き止めようという作戦であった。
あったのだが……。
──この作戦には、致命的な欠陥が存在している。
「絶対に、バレますって! 諦めて皆殺しにしちゃいましょうよ!」
私のような田舎娘に、貴族のご令嬢が身に纏うようなドレスはまったく似合わないということだ。
こんなまどろっこしいことをしなくても、攻め落とせば良いと思う。
「大丈夫だよ、アリシア。いざとなったら僕がごまかすから」
魔王は、何故か紳士服を身にまとっていた。
しれっと人間に化けた彼は、流行最先端の衣装をビシっと着こなしていた。
なんだか普通に似合っていて悔しいが、その評定は茶目っ気たっぷりで毒気を抜かれてしまう。
今回の作戦では、私と魔王が貴族の夫婦に扮して奴隷商会に訪れるのだ。
まさにハリボテ。本当にばれないと思ってるのか、小一時間ほど問い詰めたい。
「魔王さん、ミスティリカ王国の国王の名前は?」
「──ええっと、記憶喪失で誤魔化そうか?」
「なにを、どう、誤魔化すつもりですか……?」
私がじとーっと魔王を見ると、彼はてへっと笑う。
この魔王、なんか普通に状況を楽しんでないですかね?
そんなことを話していると、ユーリがとてとて歩いてきて、
「アリシア様、とても似合ってます」
何故か顔を赤らめながらそんなことを言った。
「良いのよ、お世辞なんて言わなくて。……ごめんね、ユーリ。そんな格好をさせて」
「いいえ。アリシア様が望むのなら、これぐらい!」
可愛そうにユーリ少年は、ボロボロの衣類を着せられていた。
この街で、奴隷を連れて歩く者は少なくない。奴隷を買いに行くのなら、既に持っている奴隷を連れて行くべきだろう──と魔王からのそんな提案だった。
そうしてどこか不安になる潜入作戦が始まった。
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