やっぱり私にはこの道しか考えられません

 歓迎会という名の焼き肉パーティから数日後。

 あることを提案するために、私は侍女のリリアナとともに魔王の執務室に向かっていた。



「アリシア、どうしたの?」

「実は──」


 これからの日々。

 私がここで、やりたいこと。

 ずっと考えていたことだ。



「私は、やっぱり王国軍と戦いたいです。少しだけ考えてみましたけど、やっぱり私にはこの道しか考えられませんでした。ずっとここで穏やかな日々を送るなんて、到底、耐えられません」


 焼き肉のために、食材を集めていた時間はたしかに楽しかった。

 聖女として働いていた頃の私なら、そのまま魔王城で楽しい日々を送ることを良しとしたかもしれない。


 けれど今は違うのだ。

 私は、家族を守りたかったと泣いていたユーリの姿を思いだしていた。

 ああして誰かを踏みにじりながら、今も笑っている人が居るのなら──許せるはずがない。穏やかな日々を享受するには、私の中で育ってしまった心の炎はあまりに大きすぎたのだ。


「リリアナ、君ならアリシアのことを説得してくれると思ってたんだけど……」

「すいません。ですがアリシア様の決意は既に固いのです」


 リリアナが、隣で頭を下げていた。

 結局のところ、魔王に直談判したらどうかと提案してくれたのはリリアナだ。それが本心なら、決して無碍にはしないだろうとも。



「何度も言ってる通りだよ。もうアリシアが、戦いに向かう必要はない。それなのに、どうしてそんな道を選ぶんだい?」

「あはっ、おかしなことを聞きますね? この疼きを止めることなんて不可能です。最初から言ってるではありませんか、私の願いはただ1つ──復讐だって」


 他の道を選べるなら幸せなのだろう。

 でも今さら無理なのだ。


「フローラを渡すよ。気が済むまで地獄を味あわせて、殺せば良い──それで復讐達成とはならないのかい?」

「なりませんね……」


 私は、魔王からフローラが辿る末路を聞く。


 なんでもフローラは、現在、研究所に送られているらしい。

 彼女は魔王の怒りを買った貴重な優秀なモルモットである。そこで彼女に一切の人権はなかった。

 聖女が使う光魔法の性能を試すためにと、多くの研究者が淡々と人体実験を繰り返しているという。魔法から物理攻撃まで、ありとあらゆる耐久実験が繰り返されているらしい。支援魔法を自らにかけさせた後に魔法をぶつけ続け、気を失うまでの時間で魔法の効力を図っているらしい。

 研究所でも利用価値がなくなれば、最終的には犯罪奴隷として鉱山送りにされるとのこと。もっとも彼女ではまともな労働力にはならないから、他の犯罪奴隷のストレスのはけ口として玩具にされるのだろう。

 ──それが私を蹴落とし、ひとときは聖女の座を手に入れた女に訪れる末路である。



 魔王は、淡々とそんな未来を話した。

 私が願うのなら、もっと重たい制裁を加えようとも。

 不思議とフローラの末路には興味が無かった。ただ最期だけは、この手で殺したいとは思うけれど。



 そんなことよりも──


「許せないと思いませんか?」

「え?」

「フローラみたいな人が他に居たら。あの人みたいな人が、今もどこかで笑いながら、誰かを陥れて弱者を痛ぶっているのなら──一人残らず殺してやりたいとは思いませんか?」


 公開処刑を娯楽として見ていた王国民にも思う所はもちろんある。

 苦しむ私を見て喝采を上げていた奴らは、まったく同じ苦しみを味わえば良いとすら思う。


 ──けれども、何よりも許せないのはフローラとシュテイン王子だ。

 シュテイン王子は、必ず殺す。

 邪魔する者も、皆殺しだ。

 ……それと同じぐらい許せないのが、同じような悲劇を生み出す人間だ。

 不思議とユーリを飼っていた奴隷商人の姿と、フローラの姿が重なって見えた。

 

 あいつを斬ったとき、たしかに私は笑っていただろう。

 復讐の炎は、復讐を果たしたときにのみ鎮火するのだから。



「なるほど……。あくまで誰かを守るための戦い──アリシアの本質は、あんな目に遭わされても変わらないんだね」

「訳の分からないことを言わないで下さい」


 魔王が、眩しいものでも見るように私に視線を送る。

 皮肉か? 皮肉なのか?


「アリシア、どうか単独行動はしないで。それが出来ないなら──僕は従属紋で命じてでも、アリシアの身の安全を確保しないといけなくなる」

「それは……。困りますね……」


 ある意味では殺されるのと大差ないではないか。


「もともと魔王軍の幹部は、兵団を持つ事になってるよ。君の元・仲間の──何だっけ?」

「特務隊、ですか?」

「そうそう。彼らと一緒に行動するように」

「アリシア様! 特務隊、再結成ですね!」


 どうやらリリアナは、魔王からあらかじめ話を聞いていたらしい。

 嬉しそうに私の方に駆け寄ってきて、そう言った。

 私の処刑により自然消滅しそうだった特務隊──魔王軍の元でというのは皮肉だけども、再結成というのはまさに奇跡だろう。




「ねえ、魔王さん。私、どうしても許せない人たちが居て──」

「それは誰だい?」

「一番はシュテイン王子ですが──そうですね……。差し当たっては、楽しい歓迎会をぶち壊してくれた奴隷商会を、ぶっ潰したい気分ですね」

「それは賛成。アリシアが斬らなければ、僕が殺ってたよ──大概、ムカムカしてたんだよね」


 魔王は不快そうに顔を歪めると、


「悪逆非道な王国軍に捕らわれた無垢な亜人たちが居る。僕の領土で亜人を奴隷として扱うのがどういうことか──たっぷりと思い知らせてあげないとね」


 そう言いながら、随分と物騒な笑みを浮かべる。

 ──そうして私たちの次の目的が決まるのだった。

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