弱いことは罪ではありませんよ

 そんな和気あいあいとした空気の中。

 1人──ぽつりと離れた場所にいる犬耳少年ことユーリ。

 ……ちょっとだけ心配だった。



 周りに見ず知らずの魔族しか居ない状況。

 既に怖がられてる私が行っても、余計なお節介かもしれないけれど。

 カレーライスを持って、私はユーリの隣に座る。


「ユーリくん、でしたっけ。お腹、空いてませんか?」

「アリシア、様!? いいえ。僕なんかが、アリシア様からの貴重なお食事を受け取る訳には──」


 ……うん?

 ちょっとおかしな反応をされたような。


 そのとき、くぅ……と小さな音が鳴った。

 あっと恥ずかしそうにお腹を抑えるユーリ。

 これまで奴隷商人のもとで過ごしていたのだ。まともな食事にありつけていなかったのだろう。



「変な遠慮はしないで下さい」

「頂き、ます」


 驚いていたユーリだったが、おずおずと受け取る。


「美味しい」


 パクリと口に運び一言。

 緊張した様子だったユーリの表情が緩む。


 料理を受け取って貰うという目的は達した。

 これ以上、恐れられてる私がここに居る意味は無いか。

 私が、そっと席を外そうとしたところで、


「ユーリ、くん?」

「あ──ごめんなさい」


 何故か、弱々しくユーリは私の手を掴んでいた。

 まるで、私にこの場にいて欲しいとでも言うように。


「アリシア様、本当にごめんなさい」

「ええっと、何のことですか?」

「助けて頂いてお礼を言うどころか、よりにもよって怯えてしまうなんて。アリシア様が居なければ、僕は今頃死んでいたのに……」

「それが普通だと思いますよ。なんせ私は、憎い王国民なんて全員死んでしまえば良いって、本気で思ってますからね」


 ユーリが恥じる必要は、なにも無いと思う。

 なんせ私はユーリの目の前で、笑いながらモンスターだけでなく人間を惨殺しているのだ。ユーリのような純粋な少年が、私という存在を怖いと思うのは当然のことだと思う。



「ううん。僕は、アリシア様のような力が欲しかった。圧倒的に強くて、凛々しくて──誰かを守るために武器を振るえるような力が欲しかったんです」


 ぱくり、とユーリはカレーを口に運ぶ。

 しかしその声色には、隠しきれない悔しさがにじみ出ていた。


「誰かを守るための力……?」


 私は、首をかしげるしかなかった。


 私の行動は、むしろその正反対だろう。

 ただ心の闇に従って、復讐を遂げるための怨念のような力だ。



「僕が弱かったから。お父さんは殺されて、妹もお母さんも、みんな連れて行かれた。高く売れるからって。みんな酷いことをされてて──だけど僕は、何もできなくて……」


 ユーリは、まるで罪を告白するかのように涙を流しながら言葉を紡ぎ出す。

 それは平和に暮らしていた獣人族の村に、王国軍が攻め入った悪夢のはじまり。逆らうものは殺され、そうでないものは奴隷にされたという凄惨な記憶。


「あのときの僕に、アリシア様のような力があれば。僕は、村を守ることが出来たんです」

「ユーリくん……」

「それなのに! いざ圧倒的な力を目にしたときに、僕は怖くなってしまったんです。力が欲しいと憧れて、それでもいざ前にしたら恐ろしくて。──強くて気高くて、悪を滅ぼす正義の味方──僕の憧れそのものが居たのに」


 まさかあの時の光景を見て、ユーリがそんなことを感じていたとは。

 正義の味方──それは今の私とは対極に位置する何かだろう。だけどもユーリから見れば、たしかに私はそのように見えたのだろう。

 思わず言葉を失い、私はその場に立ち尽くす。



「弱くて、弱虫で……。僕は、自分が嫌いです」


 そんな本音を吐き出したことを後悔するように。

 ユーリはぱくり、ぱくり、とカレーを口に運ぶ。今では冷めてしまった料理を、黙々と口に運んでいく。



「ごちそうさまでした。美味しかったです……こんなつまらない話しを聞かせて、本当に申し訳──」

「弱いことは罪ではありませんよ」


 ユーリが食べ終わったところを見計らい、私は思わずユーリの両手を包み込むように握っていた。

 彼は、立派だ。


 何のために使うかを見失ったまま、力を手にする方がよほど罪だ。

 ただ本能の赴くままに他者を虐げる強者を、私は絶対に正義とは認めない。

 そんな奴は──心の声の導くまま、私が一人残らず斬り捨てよう。



「アリシア様?」

「これから強くなれば良いのです。誰かを守りたいと心から願える。弱い自分が嫌いだと言い切れる──弱いことを認められるユーリなら、きっと大丈夫です」


 ──これは誰かを守るための力なんだよ

 聖女として活動していた懐かしい日々。

 処刑台に置いてきてしまった初心。


 ユーリの願いが、眩しかった。

 そんな純粋な願いを、絶やして良いはずがない。


「無理ですよ。僕には、戦う才能がありませんから」

「魔王軍に入れば良い。独学では限界があっても、ちゃんと兵士として訓練して──今度こそ、誰かを守れる力を手に入れれば良いんです」

「僕に、出来るかな?」

「ええ。私が保証しますよ」


 安っぽい保証だけど。

 そうした志を持つ者こそを、魔王軍は大切にしてくれるだろう。



 私の言葉を聞いたユーリは、何故かさーっと顔を赤くすると、


「あ、アリシア様、ごはん美味しかったです。本当に、ありがとうございました──」


 そう言い残して、ものすごい勢いで走り去っていくのだった。


 ……どうしたのだろう?

 それでも少しは、元気になったようで良かったかな。



「アリシア、どうして君はそう、次から次へと……」

「あ、魔王さん……? おかわりですか?」


「いや、良いんだけどね」

「前途多難ですね、魔王様……」


 何故か魔王が、リリアナと顔を見合わせ呆れたようなため息をついた。

 む、リリアナが順調に魔王と打ち解けているのは嬉しいけど、私だけ除け者にされるのは複雑だぞ?

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