煮込んだだけですよ!?

「こんなもの何に使うんだい?」

「こうするんです」


 私は、鍋にピンキーピッグの肉を放り込み軽く炒めていく。

 ほどよく焦げ目がついたところで、水を大量に足して煮込んでいく。取ってきた山菜を足しつつ、アクを取りながらじっくりと煮込んでいく。


「アリシア、何作ってるの?」

「秘密です」


 ここからの行程が重要である。


 私は、慎重に香辛料を混ぜて味を調整していく。

 元々は、生臭さを消すための工夫から始まった料理であった。血生臭さくてとても食えたものではないと思われる食材も、血抜きを丁寧に行い、香辛料で誤魔化してやれば案外どうにかなる──その過程で身につけた私の得意料理だ。


 やがて辺りに香ばしい臭いが漂い始めた。

 私は焦がさないように、慎重に鍋をかき混ぜ続け──


「じゃ~ん! 特務隊のみんなはカレーって呼んでます。久々ですけど、上手くできました!」

「なにそれ!? すごく良い匂いがするよ!」

「そうでしょう! 簡単ですけど、以外と美味しいんですよ?」

「──なんだかすごく美味しそうだね!」


 魔王が、目を無邪気に瞬かせながらそう言った。

 ここまで大げさに驚いてくれると、作りがいがあるというものだ。



「なんかすごい良い匂いがする──」

「何だこれ……!?」

「──ッ!?」


 気がつけば、なんか私たちの周りに魔族が集まっていた。

 ギョッとする私をよそに、誰もが興味津々といった様子で鍋を覗き込む。


 ──鍋を見て、こんな物、何に使うの? て反応だったからなあ。

 戦場において味など二の次。栄養さえ取れれば良い。

 誰もがそう考えていたから、わざわざ料理しようなどという発想も出なかったのだろう。


「えーと、皆さんも食べますか?」


 おずおずと提案する私。


「良いのか?」

「もちろんです」


 ピンキーピッグは思ったより大物であった。

 ついつい作りすぎてしまったのだ。



 私が作ったカレーの前には、いつの間にか長蛇の列が出来ていた。

 新しく作る必要があるかもしれない。


 ──次は、隠し味としてキノコを加えてみようかな

 心配性のリリアナが、何故かキノコを使おうとすると全力で止めてくるのだ。



 こうして魔族たちに料理を振る舞うのは、思いのほか楽しかった。

 だけども、まず最初に渡すのは、


「はい、魔王さん。……色々と、ありがとうございます」


 私は、魔王にカレーを手渡す。


 その考えは読めないけれど、これまで良くしてもらったのは事実。

 これは、ちょっとした感謝の気持ち。


「うん、美味しい! お城で食べてる料理より、よっぽど美味しいよ!」


 魔王は一口つまむと、バクバクと食を進めていく。

 あっという間に更を空にすると、溢れんばかりの笑顔でそう言った。


「それは、お城のコックさんたちに失礼だよ」

「そうかもね──おかわり!」


 満面の笑みと共に、魔王が更を差し出してくる。



「な、なんだこれ──めちゃくちゃ上手いぞ!」

「さすがはアリシア様だ!」

「こんな上手いもん食ったことがねえぞ……!?」


 更には集まっていた魔族たちが、カレーを口に運びながら口々にそんなことを言う。

 えっと。別に調味料で味を整えて、煮込んだだけなんですけどね?



「アリシア様! 是非とも、次の遠征では我が班に!」

「抜け駆けは許さんぞ! アリシア様、是非とも我が班で、またこの……カレー? を──」


 そして何故か始まる私の勧誘合戦。


 いや、料理当番とか嫌です。

 どちらかというと私は、最前線で王国軍をバッタバッタと薙ぎ払いたいのですが?


「駄目に決まってるじゃん。アリシアは渡さないよ?」

「魔王様ずるいです!」


 ──そして魔王さんも何を言ってるんですかね?



 わいわいと言い合う魔王と魔族たちを、私は呆れた目で見ていた。

 凍てついた心が、今だけは不思議と心を温かい。



 そう、この場には笑顔があった。

 楽しい食事というのは、それだけで人を笑顔にするのだ。


 そんな和気あいあいとした空気の中。

 1人──ぽつりと離れた場所にいる犬耳少年ことユーリ。

 ……ちょっとだけ心配だった。

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