今の私は・・・
私たちは、士気の上がった魔王軍が意気揚々と出発していくのを見届ける。
「それにしても凄まじいね。あれほどの兵数に、支援魔法をかけるなんて──身体は何とも無いんだよね?」
その最中、魔王が困惑した様子でそんなことを言った。
「元・聖女ですから。あれぐらいなら朝飯前ですよ」
「はあ。王国軍の強さの一端を見たよ。ボクたちは、とんでもないバケモノを相手にしてきたんだね──」
魔王が呆れたようにため息をつく。
かつて互いを意識しあった天敵からの言葉が、不思議と嬉しく感じられた。
私としても、魔王の戦闘力には底が見えないと感じていた。
よくぞこの怪物を相手に、何度も生還してきたと昔の自分を褒めてやりたいぐらいだ。
そんな魔王だけど、今は利害が一致している。
敵でないとしたら、
「「これ以上ないぐらいに心強いよ(ね)」」
独り言が被った。
呆れたような視線が、絡み合う。
「行きましょうか」
「そうだね。ボクたちが遅れを取ったら、お笑い草だ」
そうして私たちも、ミスト砦に向けて出発するのだった。
***
数日、移動しただろうか。
私たちはミスト砦の近くにたどり着き、野営していた。
「魔王様、ミスト砦の魔族たちは随分と奮闘しているようです。魔王様が援軍に駆けつけて下さると聞いて、希望が見えたと──作戦にも、いつでも協力できるとのことです」
朗報だった。
報告したのは、作戦会議でも見かけた魔族の1人であった。カラスのような見た目でありながら、人語を操っている。
その魔族は、複雑な魔法陣が刻み込まれた魔道具を持っていた。それは魔力を通して遠くの者とやり取りをするための魔道具でもあり、情報の伝達手段として重宝されている。
「良かった。どうにか間に合いそうだね」
「王国の指揮官が愚かで助かりましたね、魔王様」
カラスの魔族と魔王が、そう頷きあっていた。
援軍が駆けつけるという情報を聞き、ミスト砦では即座に遅滞戦に戦法を切り替えたらしい。
こちらから攻めることは決してせず、ただ時間稼ぎに徹する戦い方だ。
敵の指揮官が優秀なら、違和感を覚えたことだろう。
しかし「砦が落ちるのは時間の問題だろう」と王国軍は油断していたのだ。彼らは、未だに魔王の復活を知らないのだ。
手柄を上げるためだけの、楽な戦いでしかないのだ。
「アリシアの隠蔽魔法のおかげだね。これほどの規模の魔法を使い続けて、本当に身体の方は問題ないの?」
「問題ありません。夜はしっかり休ませて貰ってますから」
もちろん接近に気づかせなかったのは、隠蔽魔法の効力だ。
元・聖女である私が居なかったら、成し得なかった戦法でもあった。
──その油断が命取りだ。
今だけは勝ち誇っているが良い。
私は、薄く笑った。
「ミスト砦の兵たちは、魔王様に会えるのを楽しみにしています。激励の言葉を考えておいて下さいね」
「えー。ボク、ああいうの苦手なんだけどな……」
カラスの魔族の言葉に、魔王は口を尖らせた。
魔王城であれほどまでに士気を高めた人が、いったい何を言っているのだろうか?
「頼りにされているんですね、魔王様」
「あ、もちろんアリシア様のこともお伝えしてますよ! なんと"あの"王国の聖女までもが、援軍に加わっていると。奇跡が起きたと、うちの部隊の者が大騒ぎしてまして──」
「……勘弁して下さい」
あの日から、どうにも過剰評価されているような気がする。
移動中、ほかの魔族からやたらと気遣われることも増えていた。
私が使ったのは、理論に基づくただの支援魔法だ。断じて、神が起こした奇跡などではない。
──まあ、どう思われていても関係ないか。
こうして戦場にたどり着けたことに感謝しよう。
私は、自らの獲物を優しく撫でる。
自らの身長ほどはあろうかという漆黒の鎌だ。闇魔法で生み出した代物で、刀身にはありったけの呪詛の魔法式が刻み込まれていた。
今までの私は、防御魔法と支援魔法を中心に、小刻みに立ち回る魔法主体の戦い方であった。しかし今日からは敵陣にバリバリ突っ込み、王国軍を討ち取っていくつもりである。
「あはっ、楽しみですね」
──血の雨を降らせよう。
味合わされた苦しみを。あの痛みを、何倍にもして返してやるのだ。
「楽しそうだね」
「ええ、それはもう。このような機会を下さり、魔王さんには本当に感謝しています」
「君は──いいや、もう何も言わないよ」
向かう先には、憎きフローラが居る。
王国騎士団が居る──上機嫌な私に比べて、魔王は複雑そうな顔をしていた。
「アリシア、それは何だい?」
「何って、鎌ですよ。似合いますか?」
「似合ってはいるけど、これまでの君を知ってるボクとしては複雑だよ」
「私は、もう聖女ではありません。魔女・アリシア──王国を滅ぼす存在ですから」
──そう、今の私は王国が生み出した魔女だ。
王国の滅びを願って、ただ災いを運ぶ存在だ。
誰のためでもなく、ただ自分の願いのために生きていこう。
高揚感を胸に抱いたまま、私は戦いに向けて眠りに付くのだった。
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