2章 ミスト砦での戦い

聖女、ミスト砦の防衛戦に向かう

 私たちは作戦会議室に戻り、話し合いを続けていた。

 議題は引き続きミスト砦防衛戦についてだ。ブヒオとの決闘後、私は意見を求められることも増えていた。



「まともにぶつかり合えば、兵力では相手の方が上だぞ。どうするつもりだ?」

「王国軍は油断しています。その隙を付きましょう」


 私が、王国の情報に詳しいということも大きい。

 中央騎士団が戦場に不慣れなこと、新たな聖女が大した脅威にならないであろうことを知っていたのは私だけだ。


「奇襲を仕掛けて、敵の指揮官──聖女・フローラを、一気に叩きたいですね」

「フローラってのが、君を嵌めた張本人なんだよね」

「……そうですね」


 私の言葉に、魔王の瞳が好戦的に揺らめく。


「フローラの相手は、ボクとアリシアでするよ。アリシアが王国でされたこと、たっぷりお礼して上げないとね」

「では我々は、陽動ですな。王国軍に地獄を味あわせて見せましょうぞ!」


 魔王の言葉に、血気盛んな幹部の1人がそう雄叫びを上げた。

 魔王軍が今動かせる兵力は、ミスト砦のものを合わせても三千程度だろうか。王国軍の半分にも満たない兵力だ。陽動役が一番危険だろうに、そんな勢いで決めて良いのだろうか。


 このような状況で、できるだけ被害を抑えるためには……。


「私が、隠蔽の魔法を使いましょう。夜襲を仕掛けて、混乱に乗じて私と魔王さんでフローラを討ち取るんです。それがもっとも勝機があると思います」


 私の提案に、ぽかんと口を開く魔王軍の幹部たち。



「はあ? その規模を覆うような隠蔽の魔法式だと……!?」

「そんなこと、出来る訳が……」


「そうだよ、アリシア。いくら君でも……数人に隠蔽魔法をかけるのとは訳が違うよね?」


 ざわつく幹部たち。

 魔王にいたっては、なだめるような口調で私に言う。


 それぐらい出来ないと、元・聖女としての面目丸つぶれである。

 決闘騒ぎを通じて、多少は信頼を得たかと思ったけれど……。


 実力については、まだまだ信用に値しないということか。戦場に連れて行ってくれるなら、私の手で王国軍を殺すことは出来るだろう。最低限の信頼を得てしまえば問題ない──そう思っていたが、こうして傍から相手にされないのは少しばかり不満だった。



「それぐらい出来ないと、聖女なんて名乗れませんよ」


 私は、にこりと笑みを作る。

 気圧されたように、魔王軍の幹部たちが黙り込んだ。



 ひとまず私のことは保留のまま、作戦会議は続いていった。

 私が、隠蔽魔法に成功した場合、失敗した場合の作戦がそれぞれ立てられていく。


 隠蔽魔法を前提とした最終的な作戦はこうだ。

 まずは夜の野営中に陽動部隊が王国軍に奇襲を仕掛け、敵の指揮系統を混乱させる。その後、王国軍が反撃を始めると同時に撤退を開始。相手の兵力の多さに、恐れ慄いたフリをするのだ。

 ここで過剰に追撃をしてくれれば、敵の兵力を分散できる。そうなればミスト砦の兵たちと協力して、王国軍をさらなる混乱に陥れるのだ。


 そうして守りが薄くなったフローラを──私と魔王の2人で襲撃する。



「アリシア、この作戦は最初の夜襲が決まるかどうかにかかってる──君にかかってると言っても過言じゃない。本当に、大丈夫なんだね?」

「くどいですよ、魔王さん。あなたの生涯のライバルを信じてくださいな」


 私は、心配そうな魔王を振り切り自室に戻るのだった。


***


 翌日。

 ミスト砦の援軍に向かうべく、魔王城の外には魔王軍の兵たちが緊張した様子で待機していた。昨日、会議に参加した魔王軍の幹部が、それぞれ兵を従えている。


 私はいつものドレスを纏い、魔王の隣──魔族たちの前に立っていた。

 好奇に満ちた視線が、私に集まっている。昨日の約束を果たすため、私はこれから隠蔽魔法を実演する。私は、胸の前で手を組み、魔法を詠唱していく。


「聖なる加護よ──」


 隠蔽の術式を練り上げていく。

 やろうと思えば、魔力量によるゴリ押しもできるだろう。しかしそれでは、王国時代の激務をこなすことは困難だった。

 故に、私が辿り着いたのは魔術式のアレンジ。生み出した魔法陣に独自のアレンジを施したオリジナル魔法──それが私の得意分野だった。



『サイレント・ミスト』


 光の粒子が、魔王軍を霧状に覆っていく。

 視界を歪めて、あたかも何も存在していないかのように見せる初歩的な魔法だ。魔法はあっさりと成功し、魔王軍の姿を隠すことに成功した。


「簡易的なものです。注意深く看破の魔法を使われれば、気づかれる可能性もありますが──」


「おおおおお!? なんだこれ……」

「信じられねえ。本当に姿が隠れてしまってるぞ!?」


 説明をしようとする私を余所に、兵たちの間にどよめきが広がっていく。

 隣を見れば、魔王すら目を見開いていた。おかしい、そんなに特殊なことをしたつもりはないのだけど……。


 私は、その後、看破の魔法のコツを伝えていく。

 指定の波長の魔術式に対してだけは、容易に姿を確認できるようにしてあるのだ。いくら姿を隠せても、互いの位置関係が掴めなければ逆効果である。そこまでやって、初めて隠蔽魔法は集団戦でも効果を発揮するのだ。


「見えた──見えたぞ!」

「おい、おまえ! 見えないからって、どこ掻いてやがるんだよ!」

「おまえこそ、なんてことを大声で叫んでやがるんだ!」


 隠蔽魔法が珍しかったのだろうか?

 兵士たちは、今や幼い子供のようにはしゃいでいた。

  


 続いてやるのは、仲間への支援効果の付与だ。


 ──この規模なら、第三式だな

 無意識に判断し、私は魔法陣を最適化していき支援効果を付与していく。それは王国時代の習慣にも等しく、深く考えた末での行動では無かった。

 優しい光が、魔王軍を包んでいく。


 この作戦において、一番危険なのは撤退戦で殿しんがりを務めることになる一般兵だろう。お守り程度の支援効果だ。

 そう思っていたが、魔族たちの反応は違っていた。



「何なのだこれは。力が、溢れていく──」

「これほどの人数に、支援効果を付与したというのか……? ──奇跡だ」

「これが。これが……"王国の聖女"か」


 魔王城の前に並ぶ兵たちの視線には、ある種の畏怖すら覗いていた。



 そのタイミングを見計らったかのように、魔王が前に出た。


「この通り! ボクたちには、聖女・アリシアが付いた。この戦い、もう負ける道理はない──愚かな王国軍の奴らを、血祭りに上げてやろうじゃないか!」

「「「「うおおおおおおお!」」」」



 それは完璧なタイミングだった。


「魔王様! 魔王様! 魔王様!」

「アリシア様! アリシア様! アリシア様!」


 魔王の宣言に、兵士たちの士気が最高潮に達する。

 彼らは咆哮を上げながら、戦意を漲らせていた。



 そうして私たちは、ミスト砦に向かって出発した。

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