最初から、こうすれば良かったんですよ

「なるほど、魔王様が放っておけないと思う訳だな」


 ブヒオは、そう言って朗らかな笑みを浮かべた。


 ──どういう意味だろうか?

 そんなことを話しているうちに、魔王がこちらに向かって歩いてきていた。



***


「魔王様、出過ぎたことを申し訳ありません!」


 魔王の姿を確認するや否や、ブヒオは頭が地面にめり込まんばかりの勢いで頭を下げた。


「勝手な判断で、幹部同士で決闘騒ぎを起こし──あろうことか、魔王様の大切な人に怪我を負わせるところでした。己の浅慮が恥ずかしい……。どのような罰でも受ける所存です」

「ブヒオ。君は、昔から真面目すぎるんだよ……」


 猛省するブヒオを、呆れたように見る魔王。



「そうだね……。今後、こんな馬鹿な行為をする人が出てきたら敵わないし──何のお咎めもなしとは言えない。悪いけど、降格処分ぐらいは覚悟して貰うよ」

「寛大な処置に感謝します」


 納得したようにブヒオは頷いたが、私としては納得がいかなかった。


「待ってください」

「アリシア、どうしたの? いくら君の頼みでも、ブヒオは魔王軍の中核メンバーなんだ。厳罰に処すようなことは──」

「違います! どうして、そんな話になるんですか……」


 そもそもブヒオは、何ら責められるようなことはしていない。

 どう考えてもブヒオの疑いはまっとうなものだろう。



「ブヒオさんの疑いは、当たり前のものです。いきなり敵国の聖女を迎え入れて、今日から魔王軍として扱うだなんて──普通に考えて、受け入れられる筈がないではありませんか」


 私は、魔王に非難するような視線を向けた。


「そ、それはそうかもしれないけど。でも、ボクが大丈夫だって言ってるんだよ」

「……私は、反対意見を出す者を遠ざけて、イエスマンばかりで周りを固める人が嫌いです。どこかの王子を思い出しますから──」


 そこまで喋ってから、私は慌てて首を振った。

 目の前に居る魔王は、かつての宿敵にして今では魔王軍のトップだ。こんな口を聞いて良い相手ではない。

 それに人間と魔族では、価値観は異なるだろう。

 


 魔王は口をパクパクさせていた。

 ……怒らせてしまったかもしれない。


「差し出がましい真似を失礼しました」

「別に構わないよ。だけどそれなら、どうすれば良いのさ?」


 頭を下げる私に、拗ねたように言う魔王。



 考える間でもない。

 今後、このようなことを起こさないようにというのなら、もっと簡単な方法があるではないか。今回の騒動は、結局、私という不穏分子が存在しているのが原因なのだから。


「キールさん、私に従属紋を」

「……は?」

「私が、王国に寝返るかもしれない。誰から見ても、私は疑わしいでしょう? それが一番、手っ取り早いではありませんか」


 もともとブヒオに決闘を申し込まれなければ、私から提案するつもりでいた。

 それで全てが丸く収まるだろう。そう思っていた私だったが、


「それはできぬ相談だな。これは基本的に、魔族の間でも使用が禁じられている──極めて非人道的な魔法だ」


 まさか断られるとは思っていなかった。

 私を相手に、そんな情けをかけても何の得もないだろうに。


「知ってますよ。敵国に落ちた聖女──今の私にはピッタリではありませんか」

「これは意思を奪い、行動を操る外道の魔法だ。使う方も、使われる方もどうにかしている──本当で言っているのか?」

「あはっ。決まりきったことを」


 私としては、起こりうる面倒ごとを手っ取り早く排除するための手段だ。

 しかしキースたちにとっては、そうではなかったらしい。決闘騒ぎを起こしたブヒオに至っては「おまえが、そんなことをする必要は……」と、感動したように目を見開いていた。


 残念ながら、それは勘違い。

 ──すべては、王国軍に復讐を果たすための手段に過ぎないというのに。


 

 何人かの魔族には、気遣わしげに止められてしまった。

 それでも私の決意が固いのを見ると、


「……ボクがやろう」


 魔王が、ため息を付きながらそう言った。


「魔王さん?」

「ボクは、未だにアリシアに従属紋を付けるなんて反対だ。だとしても納得して貰うために必要なら」


 ──譲ってたまるか。


 そう魔王は言った。



 従属紋を刻まれた者は、決して主の命令に逆らえない。

 決して主に、危害を加えることが出来ない。

 それこそ使いようによっては、私の人権を根こそぎ奪い去るような契約魔法──それが従属紋であった。


 私の額に、魔王の手で従属紋が刻まれていく。

 魔王の魔力が、私の中に流れ込んでくる。



 ──この感情は……哀しみ?

 ──それとも贖罪……?


 思いもよらない感情が、垣間見えた。

 それとも魔王ほどの実力者なら、心を読ませないことも容易なのだろうか。


「そうですね。色々と考えられますが『私が、王国の益になることをしそうになったら、自分で命を絶つ』なんて命令はいかがですか?」

「アリシア……。君は本当にどうして、そんなことを──」


 魔王は、悲しそうにそう呟いた。

 それでも「アリシア自身が、それを望むなら……」と諦めたように口を開くと、


「『従属者、アリシアの命じる。魔族の不利益になりそうなこと、王国の益になりそうなことをする場合、自分の手で命を絶つこと』」


 そう命令してくれた。


 ──そう、それで良い。

 どんな口約束よりも、魔法による拘束が一番安心できるだろう。それが何よりの裏切らないという保証になる。



「これで認めて頂けますか?」


 そうして私は、訓練室の中を見回した。

 気になるのは、魔王軍の幹部たちだ。

 別に受け入れて貰う必要はないけれど。最低限、一方的に排除されることがない程度に、最低限の信頼は得ておきたいところだ。


 気がつけば訓練室の中は、シーンと静まり返っていた。

 誰もが呆然と、私と魔王のやり取りを聞いていたようだ。



 そんな沈黙の中、最初に口を開いたのはブヒオだった。


「私、ブヒオ・エスタールはアリシアの魔王軍参画を歓迎します。その力をどうか──魔王様のためにお役立て下さい」


 槍を立てて、私の前にひざまずく。

 それは忠誠の構え──私のことを、心から認めるという信頼の証。



 そうして私は、ミスト砦の防衛戦に参加する許可を得ることに成功したのだった。

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