光と闇が合わさり・・・
ブヒオとの決闘のため、私たちは訓練室に場所を移していた。
訓練室では魔族の新兵たちが、一心に訓練に打ち込んでいた。
「いきなり邪魔をして悪いな」
「と、とんでもありません!」
慌てて敬礼する魔族の兵士たち。
いきなり何人もの魔王軍幹部が現れ、彼らは緊張に顔を強張らせていた。
その後、邪魔したせめてもの詫びにと、ブヒオは訓練室の中を見回り兵たちにアドバイスしていった。気さくなブヒオの態度に、声をかけられた魔族の表情もほぐれていく。
どうやらブヒオは、随分と部下に慕われているらしい。
ひととおり見て回ったブヒオが、壇上に登ってきた。
「待たせたな。始めるとしようか」
「ええ、いつでも構いませんよ」
漆黒のドレスを纏ったまま、私は薄く笑う。
大きく鼻を鳴らし、ブヒオは槍を構えた。
私も迎え撃つように光魔法で短刀を生み出し、それを携え低く構える。互いの闘志が、バチバチとぶつかりあった。
「2人とも? ただの決闘だよね。あまり無茶は──」
「魔王さん、心配には及びません。訓練室を壊さないために、ちゃんと結界は張っておきますから」
「ああ、うん。そうじゃなくてね……?」
慌てる魔王を見て、私はパチンと指を鳴らす。
決闘の壇上に生み出されたのは、淡い光の壁だ。この中なら、どれだけ暴れたところで訓練室を破壊する心配はないだろう。
「光魔法!?」
「ま、まさか──相手は、"あの"聖女なのか!?」
「魔王様がいつも口にしていた"あの"聖女なのか?」
私が結界を張ると同時に、訓練室に居た魔族たちがわらわらと集まってきた。
……"あの"聖女ってなんなんですかね?
私の視線を受けて、魔王はそっと目を逸らす。
そうして多くの魔族が見守る中、私とブヒオの決闘が始まった。
***
「深淵なる闇の加護よ──力を寄こせ!」
決闘が始まるや否や、躊躇なく魔法を詠唱するブヒオ。
あの術式は、特務隊で戦っていたときに何度か見たことがある。
自らの武器に付与効果を与える闇属性魔法だ。あれに刻まれている呪詛式は、攻撃を武器で受け止めても、様々な不調を与えられてしまう厄介な代物だ。
しかしそうと分かってしまえば、対処法も簡単。
私は、即座に解呪の術式をナイフに刻み込む。
槍をまっすぐ構え、ブヒオが一気に私に向かって突っ込んできた。
反撃の隙すら許さない力に物を言わせた突撃技だ。それでも私は、どうにかブヒオの攻撃を受け止めた。
「貰ったぁ!」
私が攻撃を受け止めたの見て、勝ち誇ったようにブヒオが追撃を仕掛けようとしてきた。
行動妨害の呪詛式でも付与されていたのだろうか。まともに貰っていれば、攻撃を防ぐ手段など無いほどに。
「聖なる加護よ──我に仇なす敵を打ち砕け!」
ブヒオの槍の先端を短刀で逸らし、私は光魔法を高速詠唱。そのままブヒオに向かって解き放つ。
光の光線が降り注ぎ、ブヒオの皮膚を焼いていく。
ブヒオは苦悶の声を上げたが、未だに戦闘不能には至らない。
「何故、魔族でありながら光魔法が使える?」
「あはっ、そんなの私が聖女だからに決まってるじゃないですか」
「そんなのありかよ……」
ブヒオが、そう毒づく。
そのぼやきを聞いて、私はあることが気になっていた。
今の私は、魔族なのだ。元・聖女であっても、魔族に生まれ変わった今なら闇魔法も使うことも出来るのだろうか?
光魔法は、支援と治癒に優れた属性だ。
その特性に不満はないけれど、強敵を相手にしたときに決定打に欠けるのは事実だ。魔族のみが扱える闇魔法は、攻撃性能に特化している。
もし扱えるというのなら──
「聖なる加護
「……なっ!?」
「深淵なる闇の加護よ────」
呼びかけに応えるように、闇の魔力が私の中に流れ込んでくる。
本来、聖魔法は選ばれた人間のみが、闇魔法は魔族のみが使うことができる属性である。決して交わることのない対極にある2属性。
聖女でありながら魔族の肉体を持つという特異性が、その両方を使いこなすことを可能にしたのだ。
「あはっ、やっぱりです。私、聖と闇──両方の加護を得られるみたいですね」
「まじかよ……」
私の前には、無限の可能性が広がっていた。
呆然と目を見開くブヒオに、私は魔法を発動した。
それは世界で私だけが使うことが出来るオリジナル魔法。
『ロスト・ヘブン』
──天国は失われた。
この痛み、永遠であれ。
信じたものなど、どこにもないのだから。
それは聖女でありながら、人間に仇なすことを選んだ私にピッタリの魔法だった。
色を失ったように。
あたり一面が白く染まっていく。
それでいて空は禍々しく薄暗い。
訓練室の結界の中に、固有空間が展開された。
「何しやがったっ!」
ブヒオが膝を付き、苦しそうにうめいた。
固有空間──ロスト・ヘブン。
私が与えた効果は1つ。
その効果をひとことで言えば、精神汚染だ。
私の中で、今も燃え続けている王国への復讐の炎。
徹底的に辱められ、虐げられ、残虐に殺されたあの日々。
たしかに存在する負の感情を叩きつけ、相手の心を破壊するのだ。
生命にとって、精神はもっとも脆弱な部位だ。
我慢は出来ても、精神へのダメージは決して防ぐことは出来ない。
それは相手の戦意を、着実に、強制的に奪っていく。
あたかも目に見えぬ毒が、全身を蝕んでいくように。
「あはっ、苦しいでしょう。別に、降参しても良いんですよ?」
「舐めるなっ!」
槍をまっすぐ構え、突っ込んでくるブヒオ。
心を乱され精細さも欠いた粗い一撃だった。
あの程度の一撃なら、もう恐れるほどでもない。
パシリと素手で槍を掴む。
そのまま手にした短刀を一凪。
「ぐあああああ!」
飛び散る鮮血。
私の一撃は、槍を握るブヒオの右腕をスパッと切断した。
「続けますか?」
「……参った」
決着は一瞬だった。
そうして突如として始まった決闘騒ぎは、私の勝利という形で幕を下ろすのだった。
***
決闘が終わり、私はブヒオに治癒魔法をかける。
スパッと綺麗に切断されていたし、治療も容易だったのだ。
「何のつもりだ?」
「え?」
ぽつりと聞かれ、私は思わず聞き返す。
「おまえからすれば、理不尽な言いがかりを付けられて、決闘で返り討ちにしただけだろう。俺のことなんて、治す義理もないはずだ」
「そう、ですかね?」
ブヒオに皮肉げに言われ、私は首を傾げた。
正直、深く考えた末の行動ではなかった。
どうやらこれまでの聖女としての生き様は、そう簡単には変えられないらしい。
「義理はなくても、気がついたら治してたんです。まあ、聖女の習性みたいなものです。気にしないで下さいな」
「そうか。……見事な腕なんだな」
綺麗にくっついた腕を見ながら、ブヒオは何とも言えない表情で相槌を打った。
「固有魔法の特性──あれが、おまえの行動理由だったのだな」
「ええ。私が王国に寝返るはずがないってこと、信じて頂けましたか?」
「あのようなものをぶつけられては、信じるしかないだろう。まるで胸を焦がすような痛々しい恨みだった」
私の生み出す固有空間──ロスト・ヘブン。
それは相手の戦意を打ち砕く強力な効果と引き換えに、デメリットも存在した。
私の固有魔法は、私の負の感情を押し付け心を壊しにいく精神汚染魔法だ──当然のことながら、私の感情も伝わってしまう訳だ。
もっとも、別に王国での最期を知られることに抵抗はなかった。
ブヒオは何を思ったのかひとこと。
「なるほど、魔王様が放っておけないと思う訳だな」
ブヒオは、そう言って朗らかな笑みを浮かべた。
──どういう意味だろうか?
そんなことを話しているうちに、魔王がこちらに向かって歩いてきていた。
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