女神様(仮)とのファーストコンタクト

私は、白く柔らかな光に包まれていた。


「初鹿野絵里さん」


上からカメラが降ってくるというアクシデントはあったけれども、県大会決勝を勝ち抜くという高いテンションを保ったままのわたしに、ゆったりとした声がかけられた。


今はのんびりしているときじゃない、とわたしはなお思うけれども、柔らかな光に包まれているのに、周囲の様子がボンヤリとしか見えていないことに私は気づいた。

このままでは、試合は続けられない。


・・・いや、私はもう決勝戦に参加してはいないのだろう。

体育館の二階で私たちのプレイを撮影していたオジサンが落としてきた超望遠レンズ付きカメラが落下する放物線が、ジャンプレシーブをする私の放物線と交わった。

私と超望遠レンズをかわそうと身体を捻ったけれども、額を直撃してしまったはず・・・なのに、痛みはなかった。


ジャンプレシーブや回転レシーブで、時として身体にアザを作ってきたわたしは重力の恐ろしさならある程度は知っている。


高さ8メートルくらいの二階から落ちてきた相当な重さの超望遠レンズに直撃されて無事なわけはない。


「はい」

私は声の主に答えを返した。



「気がつきましたね、良かったです」

声の主は優しく言った。


その浮世離れした声に、私はここがさっきまで私がいた世界のではないのだろうということを悟った。


「初鹿野絵里さん、あなたは残念ながら先程、あの大きなレンズの直撃を受けてしまい、お亡くなりになっていました」


・・・まぁ、そんなところなのでしょうね。

右目に加えて、左目のコンタクトレンズも大きくずれてしまったためか、柔らかな声の主のお顔は全く見えない。


「あなたの生の最後の刹那、あなたは地球の人類を救うに等しい貢献をいたしました」


「はい・・?」 私はただ、中体連の決勝戦に全力で挑んでいただけですが。


「あなたが、その生の終わりに左手で、牧野博士の命をお救いになったのです」

声の主は少し声を高めた。


牧野博士って誰? そんな私の心の声を直接聞いたかのように


「あなたが高く打ち上げたボールに視線を向けていた近くの男性2名が、あのカメラを落として今まさに落ちようとしていた牧野博士に気づき、2名で牧野博士の太ももを掴みすくい上げたのです」


「は、い・・?」


結局救ったの、そのお二人じゃないですか。

それにしても、あのオジサン、牧野博士って人だったんだ。


「あなたは、あのカメラに収められていた映像は気になりますかね?」


それは気になる。

「はい・・・」


ひと呼吸くらいの間をおいて、声の主は言った。

「カメラはあなたの頭部がクッションになったこともあり、内蔵メモリ、外部メモリともに無事でした」


私の頭、クッションだったのね。あの瞬間がよみがえる。

ぶつかった衝撃は記憶にないけれども・・・


「事件性を調べた警察が鑑定した結果、カメラに収められていた映像63,329枚中、

初鹿野絵里さんは映像は1773枚でした」


「はい?」

後輩の子が言っていたとおり、オジサン・・・牧野博士は、私のことを写しまくっていたらしい。


「事が事でもあり、初鹿野さんの映像が最多であったことからも立件しようとの意見もあったのですが、カメラのストラップが切れたことでバランスを崩し、博士自らも手すりから身体を滑らせ落ちようとしていたとの証言がありました。

そして、映像63,329枚中、57342枚がバレーボール試合のレシーブ写真であったことが、牧野博士自身の、バレーボールのレシーブ写真を取るのがただただ好きなのだという証言と一致したことで、撮影の目的が初鹿野さん個人を目的としていたという線は消えました」


なるほど、リベロ的にはレシーブに注目してくれるのは悪い気はしないけれども・・・。


「なお、レシーブ写真のうち9345枚が回転レシーブでした。

牧野博士は、初鹿野さんの回転レシーブが一番美しいと仰っていましたよ。

そのことは素直にうれしいでしょうか?」


「・・・はい」


練習で回転レシーブを割合と好んでいる私だ。

自信はある。試合で使う機会は少ないけど。

どうやって9000枚もの回転レシーブの写真を撮ったのだろうか・・・まぁ、デジカメの超高速撮影で一回に数十枚とか撮ってるんだろうけれども。


「現在、あのカメラは牧野博士の元に返却されています。

牧野博士はカメラ撮影を封印しました。

あなたのための仏壇を用意し、そこにカメラを据えています。

これが一番美しいというあなたの回転レシーブの画像を仏壇に飾り、

日々、あなたのご冥福を祈っております」


うう、どんな写真なんだろうか??


「牧野博士は、初鹿野さんのご家族にも2億円を超える賠償金を支払いました。

弟さんはそのお金で、夢だった天文学者への道を歩まれています。

そのことは嬉しいでしょうかね?」


「はい」

わたしは微笑んだ。

晴れた夜には、いつも団地の小さなベランダで望遠鏡を持ちだしている歩の姿が浮かぶ。すでに小学5年生にしてメガネ君なのは、私と同じく近眼遺伝子のせいなのだろう。

それにしても牧野博士、お金持ちね。


「いい笑顔ですね。初鹿野さん。

あなたのお母様も、あなたの笑顔が一番好きだったと仰っておりました。

あなたの遺影の前で大泣きした後に、大きく傷ついてしまったはあなたのお顔が

なお、満足げな笑みを浮かべていたことに気づき、お母様はあなたに微笑み返しておられました。」


そうか。片親で私と歩を育ててくれたお母さん。

最後に、お母さんを微笑ませてあげられる笑みを残せてよかったな。


たしかにあの瞬間、私はジャンプレシーブでボールに手が届いた事自体には満足していたわね・・・お母さん、さようなら。


「初鹿野絵里さん」

「はい」


「あなたは、これまでのわたしからの呼びかけに

すべてハイとお答えになりました。

素直な心をお持ちのそんなあなたに、新たな生を授けます。

魔王が数多のダンジョンを作り上げた惑星デマフィスで、

あなたはハイエルフとして生きてくださいませ」


「はい?」


名も知らず、お顔も良く見えていないお方から、

いきなりハイエルフになってね指定をされてしまったようだ。

まぁ、声の口調からして女神様なんだろうけれども・・・


イイエエルフなんてのはかなり微妙だから、まぁいいかもね。

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