第十五話、或いは仕組み世界の
「……美しいですね」
ダレンの呟きに、リュートがその視線を追えば聳え立つ塔が目に入る。ダレンは声音を変え、表情を変え、リュートに向き直った。そこには先程までの決断を迫るような圧と、どこか世を達観した無垢が失せていた。
「あの街のことについて、少しお話をしましょうか――」
【
「そしてもう一つ、〈ラティカ〉は自身の騎士団を持ちません。如何なる理由があろうと、ラティカは剣の権能、命を奪うために作られた道具を認めないということです」
ダレンは【
「じゃあ、どうしてその〈ラティカ〉神殿が魔導士の処刑を行うことになったんですか? そもそも捕らえたのは〈アッティオール〉神殿の騎士団だと聞きました」
「……そうですね。それを理解するためには、いくつかの予備知識が要求されます」
そう前置きしてダレンが先ず語ったのは、〈ラティカ〉神殿とエルフとの間にある確執だった。
「騎士団を持たないということは畢竟、魔導士狩りを行わないということです。そして、それがエルフ側からしてみれば気に入らない。リュート君、人の持つ魔力はいくつですか?」
「六つ、ですよね?」
「その通りです。では、エルフは?」
「七つです」
「そう。そして、それが人間に対するエルフ優位の根拠の全てです」
以前、霧の中で行われた講義が頭に翻ってきて、リュートは頷いた。
「魔導士というのは『七つ目』の魔力を持つ人間のことなんですよ、リュート君」
「じゃあ、〈ラティカ〉とエルフは仲が悪いってことですか。あれ、それだとさっきの話と食い違いがある気がするんですが」
「ええ。実際、神殿とエルフの関係はかなり複雑です。それでも長い間、両者のバランスをうまく調節しながら平衡状態を保ってきてはいたんですよ」
薬缶から茶を注ぎ足して、ダレンは湯気を立てる器をリュートへと差し出す。風が梢をざわざわと歌わせる。手の平の温みは有難い。
「それが、この年の
ダレンは左手の人差し指をぴんと立てる。
「エルフの出した条件は一つ。魔導士を処刑すること。当時、魔導士による大規模な暴動が持ち上がっていましたから、民意を味方につける形で〈ラティカ〉神殿の騎士団不要の体制に正面から食って掛かったわけです」
「ああ、その魔導士の暴動なら僕も知ってます。難民もかなりの数出ましたから。でも、その背後でそんなことがあったんですね」リュートはそう言いながら、ようやく己の現状とダレンの説明とが像を結びつつあるのを察した。
「まず、魔導士を捕らえるだけの騎士団ともなれば、組織するのにかなりの時間を要しますし、そもそもエルフの要求に屈するのか否か。そこから議論は紛糾していました」
「そこに〈アッティオール〉神殿が魔導士を摑まえたわけですね」
「ええ、そうです。〈美と錫杖のアッティオール〉が魔導士を〈ラティカ〉に譲ったという次第ですね。今後の教皇選抜に向けて、恩を売っておこうというのが狙いだとは思いますが」
「どうして、ダレンはそんなに詳しいんです?」
リュートが訝しむと、ダレンは不敵な笑みを浮かべた。
「耳目の敏くない商人の息の根は絶える、ということです」
そう言うと、ダレンは大きく欠伸をする。
「ダレンは寝てくださいよ。僕が番をします」
「そうですねえ。では、よろしく頼みましょうか」
横になろうとするダレンに、申し出をしたリュートの方がかえって驚いてしまった。このままリュートが逃げ出して、街に駆け込んで人を呼べばアステラたち一行は一巻の終わりのはずだった。リュートの両手には今や縛めもない。リュートと彼らを結び付けている紐帯は【
「はは、そんな不安気な貌をしないでください。リュート君は逃げない。私はそう確信していますよ」
「……どうしてですか」
「君は、人を謀るには向かない。素直すぎます。瞳が」
それで本当にダレンは地面に寝転がって、あまつさえ焚火に、つまりはリュートに背を向けてしまった。ぬるくなってしまった茶をすすると、リュートは先刻のダレンよろしく空を見上げた。南の空に紅い星団が滲んで光っている。男神を追い詰める化け物どもの饗宴に見えて、リュートは眺める瞳を細くする。
それでもリュートは腰を上げる素振りさえ見せない。ダレンの言った通り、リュートには初めから逃げ出す算段などなかった。足を組んで座し、遠く、夜に霞む山際に曙光を待つ。リュートは逃げるわけにはいかなかった。
ふとアステラの寝息の灯る場所を見る。
「人を騙すには向かない、か」
リュートは音もなく、苦し気に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます