第十四話、或いは語り合うこと
「眠れませんか」
不意にそう声を掛けられて、リュートは驚きに身を固くした。横になったは良いものの、自身を待ち受ける運命が、ついこの間リュートを喰らおうとした
最初の不寝番を申し出たダレンに、それを見とがめられたという次第だった。
「魔導士の仲間になるのは、怖いですか」
のそりと起き上がったリュートは、ダレンにそう問われて思わず笑いそうになった。
「ダレンは、怖くないんですか? 魔導士を助けるなんて重罪人の仲間入りなんですよ」
魔導士は人の姿をとった悪魔。強大な力を持ち、およそ余人の口上にすらのぼらないような残虐な行いを躊躇しない。リュートもまた、幼い頃から滔々と聞かされてきた数多の物語の中で、魔導士がどういった存在であるのかを聞かされてきた。
リュートは
ただ、その横顔に浮かんでいたどこか寂し気な、曖昧な、頬の光をも同時に思い出して、どうしてなんだろうか、胸がずきんと痛んだ。
「……リュート君は、罪人になること自体が怖いのか、それとも捕まってしまったときの刑罰が怖いのか。そう問われたら、どう答えますか?」
「何が違うのかわかんないです」
「ううむ、つまり、罪を犯すこと自体が恐ろしいのか、それとも罪のために捕まることが恐ろしいのか、ということですね」
「そりゃあ、捕まりたくはないですけど」
「なら、その心配は不要です。必ず逃げおおせます。商人は勝てない勝負はしません。絶対に」
ダレンの声は力強くこそなかったが、そこには微塵の怯えも不安も交じる隙間が無い。山積した知識、それを長年の経験によって研鑽し、初めて得ることのできる自信がその声の核を成していた。けれども、何故かリュートのこころには何やらひりつくものが残されていた。ダレンの眼には、それさえもありありと見止められたのかもしれない。ふ、と微笑んで、ダレンは言う。
「咎人になりたくない。誰しもがそう思います。そのことは恥じるに値しません。むしろそうあって然るべきことです」ダレンは一度そこで言葉を切って、夜の空を見上げた。「それでも、私は何が正しく、何が間違っているのかを自分で決めます。それを誰かに譲ってしまうこと。私にはそのことの方がより恐ろしく感じられるのです」
ダレンは地面へ無造作に放られている大小の木切れを、さらに手折って焚火の底にくべた。焚火も多くは灰になり、残った余熱が緩い風に揺れている。
「実は、囚われた魔導士とは旧い知り合いでして。黙って死ぬのを見ている訳にもいかないのですよ」
ダレンは悪戯を仕掛ける幼子のように笑った。この一行では頭一つ抜けて年長であるにもかかわらず、どこかそんな幼さの欠片とでも言うべきものが、時々ダレンの目の奥や指の腹や顎の先なんかに見えることがあって、それがダレンに不思議な魅力を付け足しているように思われた。そんな無垢に微かな憧憬を覚えながら、それでも教訓を垂れる親御のように、リュートは「でも」と言った。ある一つの決意として、リュートは多分、言わなければならなかった。
「魔導士は、悪です」
それはリュートの底だった。リュートの立つ場所だった。リュートは「魔導士は悪だ」という世界の中で呼吸していた。自らの立つ地に問うなど気の触れた狂人のすること。魔導士の善悪を問うことそのものが、
既存の秩序の歯車の一つとして生きることは、すべての人が生まれながらに課せられた桎梏なのであって、疑念は不要。思考も不要。初めから全て正しい。この世界が「魔導士」を「悪」と言うならば、魔導士は悪であってもらわなければならない。
このままで何の不都合があるだろう? リュートは、魔導士をすり潰しながら進む世界で今まで生きてきたし、今も生きているし、これからも生きていくだろう。
「計画には、協力します。でもそれは、ウィルとダレンがどうして魔導士を助けようなんて思うのかが知りたいからです」
言葉の余韻が静寂と夜へ溶けていき、二度と戻っては来なかった。小さな炎の舌が夜の表面を撫でると、くすぐったいのか闇はその身を震わせる。
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