第26話 村を巡る厨子

 カップを口に寄せたまま、奏斗を見る。

 視線に気づいてないらしく、尻ポケットから出したスマホで何か検索していた。


(奏斗くんと、付き合ったとして……)


 休日にどこかに出かけるとか、一緒に食事をするとか。

 結婚して、彼の家業を手伝ったり、あるいは、志摩は別に仕事をしていて、共働きで。

 家事をしたり、親戚づきあいをしたり。


 そんなことはなんとなく予測がつく。


 ふたりの生活では、こんなことが困難だろう、とか。これは楽しそうだ、とか。こういうことはしっかりと話し合わないと、のちのちもめそうだ、とか。


 だけど、奏斗と性的なことをしている自分というのは全く想像がつかない。

 それ以前に、やはり嫌悪感の方が先に立つ。


 ぶるり、と小さく身体を震わせたとき、頭に浮かんだのは、誠也が話していた女たちのことだ。


 誘拐され、強姦され、強制的に家に住まわされて、子を産まされる。

 そんな彼女たちの一生とはどんなものだったのだろう。

 夫となる男とはその後、情が通じ合うものなのだろうか。


(……そんなわけはない)


 志摩が一番わかっている。自分を襲った村上とその後、家庭を持つなど考えられない。


 あの男は、志摩を侮ったのだ。軽んじたのだ。

 自分の思い通りになる人形か何かだと思ったのだ。

 自分のことを見下した相手となど、分かり合えるはずがない。


『これも、小さな子のお墓なの?』

『これはちがうよ。だけどね、仏さんになんかならず、もう一度この世に戻ってきて、幸せになってほしい女のひとたちの墓だよ』


 記憶の中から、祖母との会話が蘇る。

 志摩が指さしたのは、土が盛られ、石の乗せられた墓ではないもの。


「ねえ、奏斗くん」

 志摩が声をかけると、奏斗はスマホから顔を起こした。


「なに」

「あの女人塚。あれって、昔、誘拐されて連れてこられた女の人たちの墓なのかな」


 奏斗はしばらく無言で考えていたが、首を小さく横に振る。


「違うだろ。気に入った男の嫁にされたんだろう? だったら、その男の墓に入ってるはずだ。どちらかというと、誰のものにもならず、ショック死したり、自死した女の人のものじゃないのか」


「それは……、違う。だって、誠也さん、言ってたよ。『途中で死んだ女は、塚にも墓にも入れられず、捨てられたそうだ』って。ということは、塚に入っているのは、誘拐された女性なんじゃないかな」


 祖母も言っていた。


『この人たちにお供えを。七塚の家は……。七塚の家の女は、この墓を守ってやろうね』と。


「だけど……。普通に考えたら、自分の嫁だろう? 墓に入れるだろう。子も産んだんだろうし」


 奏斗は不思議そうだが、志摩は違うと考えていた。


 一緒の墓に入るなど。

 死んでなお、自分を汚した犯罪者たちと一緒など、許せるはずがない、と。


「ちゃんとしたお墓に入れて供養すると、仏様になるんだって」

 志摩は祖母の言葉をなぞる。


「だから、墓には見えない石を置いて供養すると……。また、生まれ変わってくる、って。だからきっと……」


「七塚に頼んだ、のか……? その女たちが、墓に入れてくれるな、って?」


 志摩は頷く。

 ただの推測にしか過ぎないが。


 七塚の家は、当時からよく女が家を継いでいたのだろう。他家の状況を見、女性たちに同情をしたのかもしれない。


 そして、言ったのかもしれない。


『遺骸の一部を、塚に入れてやろう』と。


 もう一度生まれ変わり、今度は幸せになれるように、願ったのかもしれない。


「じゃあ、あの黒い女たちは、塚にも墓にも入れず、供養もされなかった女って、ことか?」


 奏斗は胡座をし、顎をつまんで唸る。


「一回、整理してみよう」


 奏斗は言うと、立ち上がって座敷から出て行く。戻ってきたときには、ボールペンとチラシを数枚握っていた。


 ちゃぶ台の上に乗せ、また、胡坐をかく。


 チラシの裏に、尖り気味な文字で、「厨子の祝宴」「四年に一度」「七塚、羽村、安室、加賀、佐々木、田淵」と奏斗は書き込んだ。


「厨子を回すのは、女を封じるため、って言ってたな」


 奏斗が「昔連れてこられた女たち」と記した。ついでに紙の真ん中に、『厨子』と書いて、ぐりぐりと大きく〇で取り囲む。


「その女が出られないように、厨子を回してるってことだよな」


 独り言ちる奏斗に、志摩は唸る。

 奏斗の書いた六家の文字を眺め、志摩は声を上げた。


「これ……。どの家も、村のはずれにあるよね」

「村のはずれ? ……まあ、山の際、というか……」


 もともと山に囲まれた土地だ。はずれ、というと山裾になる。

 六家は、村の外周に沿って建っていた。


「どれも本家でしょう? 普通は村の中心部にない?」

「……気にもしてなかったな……」


 奏斗が目をぱちぱちとさせる。志摩は大まかな六家の位置を紙に書き込んだ。


「で。この家を順番に……」


 四年ごとに厨子が回る順番に矢印を書いていく。

 七塚から、羽村へ。羽村から田淵へ。


「……これ」


 紙に描かれたのは、重なるふたつの三角形。


「かごめ紋だ」


 奏斗がつぶやく。

 厨子の軌跡は、六芒星を作っている。


「今回、厨子が移動をやめたことで、ほころびができた、ってことなのかな」


 志摩は奏斗を見上げる。

 彼が頷いたとき。


 じりりりりりりり、と。

 やけに古風な電話の着信音が鳴り響いた。

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