第24話 女たち
「わけのわからないことを言いやがって……。厨子はちゃんと回したのに、なんでだ!」
掴みかかろうと伸ばした手を、奏斗は躱して距離を取る。冷ややかに誠也を見下ろした。
「分家のおれが知るかよ。本家でどうにかしろよ」
昼間のことを根に持っているらしい。かっとなった誠也が奥歯に力を入れたのがわかった。志摩は慌てて口を差し挟む。
「あの女はなんなんですか? 厨子とどんな関係が?」
「あんた、本当に何も聞いていないんだな」
誠也は背を伸ばし、志摩を無遠慮に眺めた。その視線が気持ち悪い。ぎゅ、と奏斗に身を寄せると、さらに好色そうに笑われた。
「女人塚に入れなかった女たちだよ」
にょにんつか。
祖母が、『七塚の家の女たちが守ってやろうね』と言っていたあの塚。
墓の裏にひっそりとある、塚。
「この村に連れてこられて、死んだ女たちさ」
誠也は横柄そうに顎を上げて志摩を見る。
「六家に引き取られず、死んだ女だ」
「連れてこられる? 死んだ?」
奏斗も眉を寄せた。その表情を見て誠也があきれる。
「七塚はどうなってんだ。何も教えてこなかったのか? この村の嫁の話だ」
志摩と奏斗は顔を見合わせた。
なんのことなのか、皆目見当がつかない。
「まあ。七塚はずっと総領娘が継いできたからな。関係ないといえば、関係ないか」
はん、と誠也は鼻を鳴らす。
「もう、ずっと昔の話だ。秀吉が寺を焼いた頃というから……、そのぐらい前の」
誠也は手の甲で額に浮かぶ汗を拭った。
彼の足元にも、くっきりと影が出来ている。
「この村はもともと、
『そりゃあ、最初は嫌だったけどさ、こんな僻地』
静江の声が蘇る。
農業ではなく、今では勤め人が多い現代でも、この地区は嫌われている。結果的に、限界集落になり果てた。
「だから、ご先祖は、盗んできたのさ。女を」
「ぬ、盗む?」
奏斗が呆気にとられる。
げらげらと誠也が笑った。
「離れた村から、年頃の女を誘拐してきて手籠めにしたんだ。昔は、金持ちの家以外は、こどもが一人消えたところで、『神隠し』でおさまった。逆に、犯された娘が戻ってくる方が不名誉だったんだろう」
「誘拐してきたってことか? それで嫁に?」
不快感をにじませて奏斗が目を細める。誠也はむしろ愉快そうだ。
「家に帰る気がおこらないように。もう、村でしか暮らせないように、数人がかりで犯したと聞いたな。祭りの時期に合わせるから、そりゃあ、盛り上がったらしい。で、その中で、気に入った男が、女を持ち帰って嫁にし、子を産ませる。そうやってできたのが、お前たち分家だ」
眩暈がする。地面が揺らぐ。志摩は奏斗のTシャツをきつく握りしめた。
「まあ、中にはショックで死んじまう女も幾人かいたらしい。結構荒っぽいこともしたらしいし、連れて来たものの自殺したりもしたそうだ。そりゃあ、そうだろうなあ。いきなり襲われて……。見知らぬ村で、かわるがわる何人もの男にやられりゃあ」
「おっさん。やめろ、もういい」
志摩の異変に気付いたのか、奏斗がきつい声を放つ。誠也がまだ何か言い、更に奏斗が言い返す。
その間に。
志摩の目の前に、いくつもの映像がフラッシュバックしていた。
古びた木綿の着物を着た男たちに組み伏せられ、泣いている女性。
破れた障子の枠に必死に取りすがっているのに、下卑た笑みを浮かべた男たちに引きはがされそうになっている女性。
雨の中、半裸で飛び出した女性を追いかける数人の男たち。
うつろな目で天井を眺める女性に覆いかぶさってうごめく男性。
風呂場で手を掴まれたとき。
無理やりに見せられた風景。
「そういう、途中で死んじまった女は、塚にも墓にも入れられず、捨てられたそうだ」
誠也の声が遠くに聞こえる。
咄嗟に志摩は両手で口を押えた。胃から内容物がせり上がりそうだ。村上の息遣いや生暖かい呼気を思い出して、全身が鳥肌だつ。
「志摩? 大丈夫か?」
顔を寄せて来た奏斗を、反射的に突き飛ばす。
ぐらり、と視界が揺れた。
身体が傾いだせいで、満月が視界に入ってきた。
まばゆいほどの光。
目の奥が。頭の芯に痛みが走る。
「志摩っ」
奏斗の呼び声と同時に。
「みんな、しね」
低い、女性の声がした。
地面に四つ這いになり、志摩は声のする方を見る。
誠也がいた。
不審げに自分を見下ろしている。
その、足元。
月光によって出来上がった影。
それが。
不意に盛り上がる。
「みんな、しね」
影が、徐々に立ち上る。
誠也の膝ぐらいまで、ゆらりと伸びた時、ようやく彼は異変に気付き、悲鳴を上げた。
ゆらり、ゆらり、と。
ぐらり、ぐらり、と。
影は伸びあがり、髪を伸ばし、顔をかたどり、吊り上げた口角で嗤って見せた。
「ひひひひひひひひひひ」
女の白い眼は、月光より潤んでまばゆい。
「ひひひひひひひひひひ」
女の声は、星明りよりも澄んでいた。
ゆらり、ゆらり、と。
ぐらり、ぐらり、と。
女は枯れ枝のような腕を誠也の首に延ばした。
「厨子は回したはずだ!」
音程を外した声で叫び、誠也は背を向けて走り出す。
その足を。
蛇のように伸びた影が捕らえる。
いや、腕だ。
鞭のようにしなり、鎖のように絡まって誠也を転倒させた。
「ひひひひひひひひひひひひ」
女は愉快に笑い、誠也が叫ぶ。
その声に、擦過音が混じった。
女が。
ずるずるずるずるずるずるずる、と。
誠也の足を引きずっているのだ。
そのまま。
女は、道を走る。
誠也の足を引きずり、楽し気な声を上げて疾走する。
「助けてくれ!」
茫然と動けない志摩の目が、誠也と合った。
懇願され、咄嗟に立ち上がった。
だが。
彼は女に足を掴まれたまま。
ずぼり、と。
用水路の中に引きずり込まれた。
六家の。
田淵までもが。
闇に沈んだ。
女によって。
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