第4話
「あずさちゃん、お昼食べよう!」
昼休み。女性の明るい声がオフィスに弾む。他のスタッフは迷惑そうに眉をひそめる。いつものことだ。
私は、朝食の納豆のせいで未だに気持ち悪いのを我慢し、デスクを離れて彼女に応対する。
いつも昼休みに私を呼ぶのは、高校時代の同級生。否、元同級生、と言うべきか。彼女は例の、いじめられて自殺未遂し退学した文芸部員だ。
私は、忙しくて席を外せないと伝える。彼女は、全然気にしてないよ、と明るく笑った。
「じゃあ、今度ランチに行こうね。最近できた和食屋さんに、納豆のメニューがあるんだよ。あずさちゃん、納豆大好きだもんね」
彼女の言葉と笑顔に、悪意はない。彼女は悪い人ではない。そのことは、私がよく知っている。
「はい、これ。今日の納豆。あずさちゃんがいつも食べてくれるから、助かるよ。旦那の実家から毎週送られてくるから、食べきれなくて困ってたんだ。本当に助かる! ありがとう!」
彼女に手渡されたのは、未開封の段ボール箱だ。目算で、三方の長さの合計が、ぎり100cmくらい。大きさの割に軽く、中身が全部納豆なのではないかと思える。段ボール箱で納豆をもらうのは、初めてだ。
彼女にお礼を述べ、私はデスクに戻った。周りのスタッフに、すみませんでした、と謝ることを忘れない。
今の会社に転職して、元同級生の彼女と再会した。
彼女は高校退学後に通信制高校に入学し、卒業後に彼氏と結婚したらしい。
今はパートとして時短勤務しながら、2人の女の子を育てている。今年、上の子が小学校に入学した。忙しくて小説は書いていないらしい。小説を書かなくても生きてゆける質のようだ。
明るく裏表のない性格の彼女。なぜか私が納豆好きだと思い込み、旦那様の実家から送られてくる納豆を私に横流しする。
捨てるのは気が重いので、ありがたく頂いているが、最近は特に胃が重い。朝食に納豆を食べれば、昼と夜は何も食べなくても生きてゆける。
彼女を嫌う理由は、私には、無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます