指南参加

 スズとエルミアは、冒険者指南を受けるため、ハームの町から銀の森へ続く、草原の中を移動していた。スズたちの側には2人の冒険者が一緒にいる。


 ハームのギルド主催の指南では、パーティーの中での役割や魔物の討伐方法、薬草を見つける方法、野営方法なども学ぶ。

冒険者になれば、その日あったばかりの冒険者とともに、依頼のために遠方へ向かうこともあるから、その練習として、スズ達には同じGランクの冒険者が付くことになった。

1人が女性冒険者で魔術の使えるジーナ、もう1人が剣士であるダニーで、2人は姉弟だ。


「スズのアズキちゃん、最初は怖かったけど人懐っこいし、荷物も持ってくれるし、助かるわあ」

「これで楽ちんなのな」

『ガフ!!』

 ジーナとスズは、荷物を背中に抱えている虎になったアズキを撫でると、アズキからは気持ち良さそうな声が聞こえる。

 ギルドから貸してもらったテントや簡易ベッドは重い。指南に参加する冒険者は全て、同じ種類のテントを使うことになっている。つまり、男女が同じテントで泊まることになるが、姉のジーナがいるから、スズとエルミアは特段ダニーのことは気にしていなかった。


「ダニーは剣士なのだな。誰かに師事しているのか?」

「町の道場に通ってたくらい。よぼよぼのおじいちゃんが僕の先生になるのかな」

 エルミアの質問に、ダニーは明るく答える。

「エルミアさんは、弓なんだね。得意なの?」

「そうだな。弓以外には触ったことがないから、得意といえばそうなのかもな。私もじじいに習った程度だけどな」

 フフと笑い合う二人。

「なになに? 面白いことでもあったのにゃ?」

「面白いというか、私とダニーは共に少し残念な思いをしたっていうだけさ。お、そろそろ銀の森に着きそうだな。森が見えてきた」

 

 ハームの町から銀の森までは、人の足で半日かかる。朝早くハームを出てきたので、銀の森に入ってから昼食を取る予定だ。

「銀の森に入ったらお昼よね。朝から歩いていたからお腹が減ったわ」

「料理はあたしに任せてほしいのな」

 スズは久々に腕を振るえると、意気込んでいる。

他の冒険者に比べ、スズ達には荷物運びのアズキがいるので、食材も多く持ってきている。現地で肉を取れなくても困らない程度には持ってきてあるのだ。

 ちなみに、アズキはスズの召喚獣なので、荷運びとして役割を与えることは許されていた。


「ここのところ、姉さんの料理しか食べてないから楽しみだな」

「何よ。私の手料理を食べて幸せでしょう?」

「いつも何にでも、トマト入れるじゃないか」

「トマトいいじゃない、トマト好きでしょ」

「好きだけど、トマトが合わない料理もあるよ。それにトマトが好きだったのは子供の頃だよ」

「でも、トマトかあ……」

 スズは口に指を当て、考えてみる。

「合わない料理はあるよ。今度姉さんのトマト料理を食べてみたらわかると思う」

「そう言われると興味はあるが、食べたくもないな」


 銀の森の入口付近で、指南の1団は止まった。今回の指南に参加しているのは16人で、引率しているのはリックとヒュームだ。

単眼ベアーの件から、『荒野の矢』は2つに分けられている。リックとヒューム、ディックとヴァンなのだが、ディックたちは極端に女性に人気がない。

ゴツい剣士と偏屈な魔術師に教えてもらうよりは、スマートで物腰の柔らかいリックとヒュームの方に教えてもらいたいだろう。

 なので今回は、男性はほとんどいない。参加する男性は弓使い希望でリックに弓を教わりたい者や、ダニーのようにパーティーメンバーが女性でその付き添いの場合だ。


「よしここからは俺とヒュームの方に分かれて行動するぞ。じゃあ、3班と4班の班長は俺のところに来い」

 リックのもとに行ったジーナは何やら指示を受けている。スズたちは4班でリーダーは年上のジーナに任せている。


「ここから基本的に各班毎に行動でいいそうよ。簡単な地図も貰ったから確認しましょ」

 ジーナが貰ってきた地図は、簡単な地形が描いてあるものだった。

「思った以上に、地図としての機能は無さそうなのにゃ」

「まあ、自分たちで確認しろということだろう。1日目は3種の薬草の回収だったな」

「そうね。とにかく森に入って、昼の準備をしましょう。スズが準備している間に、何か狩ってきたほうが良いかしら?」

「そうなのな……角ウサギがいるんだったら欲しいかもなのな」

「僕はスズと一緒に準備しているよ。2人のほうがすばしっこい角ウサギは狩りやすいだろうから」



 スズ達はアズキを連れて森の中に入っていく。

他の班は採取する薬草が違うため、森に入った後、バラバラの方向に進んで行った。


 銀の森は、とてつもなく広い。

 森の入り口は弱い魔物や、希少性の低い植物が群生しているが、森の深いところに入っていくに連れて、魔物や珍しい植物が増えていく。

銀の『森』と言っても、内部には滝や湖、雪山や砂漠もある。

 銀の森は、セーラムが使いやすいように魔法で改造してある。結界の入り口から入らなければ、『銀の森』に辿り着くことはできず、例え結界外の上空から森を見ても、ただの小さな森にしか見えないだろう。

 

「よし、この辺りにするのな」

 スズはかまどの準備をダニーに任せて、アズキに乗せていた荷物から食材や食器をおろす。

「あ、ダニー。近くに薪があったら取ってきて欲しいのな」

 魔力で火を起こすことは出来ても、それを維持させるには少ないない魔力を消費してしまう。


 シャクシャク、トントン。

 スズは身体を揺らしながら、料理を進める。


「スズ、何作るんだ?」

「とりあえず、さっきトマトって言っていたけど、トマト料理なのな」

「うげ、トマトってホントに? 勘弁してくれないか」

「大丈夫なのな。ジーナとダニーは辛いの平気?」

「平気、だと思う。姉さんが辛いの嫌いとは聞いたことないから」

「うん、了解」

「しかし、楽しそうだな」

「こうやって、森の中で料理するのが新鮮なのにゃ!」

 スズは、にゃはははと笑う。



「ただいま、捕まえてきたぞ。この辺りには角ウサギの巣があるのか、割と難しくはなかったな」

 エルミアが角ウサギを差し出す。少し焦げている角ウサギの腹に矢が刺さっている。売り物としては値がつけられるような状態ではないが、自分たちで食べる分には問題がない。


「捌き方知ってるかにゃ?」

「知らないわ」

「僕も」

「私もやったことはないな」


 スズは解体用のナイフを取り出し、角ウサギの腹にスッと切れ目を入れ、そこから丁寧に皮を剝いでいく。


「こうやって皮を引っ張りながら、筋肉と皮の間にナイフを入れていくのな」

 皮を剝ぎ終わると、スズはナイフを持ち換えて可食部と内臓を分けていく。

「アズキ、肝食べる?」

『ウオン!』

 近くで鼻をスンスンさせていたアズキが、嬉しそうに鳴く。

スズが切り分けた内臓を大きな葉っぱの上に乗せてやると、アズキはパクっと一口で平らげる。

「あとは、適当な大きさに切り分けていくだけにゃ」


 角ウサギの肉とトマト、玉ねぎ、さっぱりとした香りの強い茎野菜、乾麺をまとめて鍋に入れる。

「ちょっと火が通るまで待つにゃ」

「おう、すでに美味しそうな香りがしてきたな」

 エルミアがかまどに薪を入れている。

「トマト料理なのね」

 ジーナが鍋の中を見ている。

「うん、トマト料理らしい。僕も驚いたけどね」

「正直、違うものがよかったわ。トマトの呪縛からやっと逃れたと思ったのに」

「姉さんが、自分で縛られていただけじゃないか」

「にゃはは。実はトマト持ってきちゃってて。消費しないといけないから使うだけなのにゃよ? 特に意味はないのにゃよ?」

 スズはばつが悪そうに言う。

「でも、トマト料理もこれが最後なのな。全部使うから。そこは安心してほしいのな」

 スズは鍋に蓋をした。



「そろそろ良い頃かもしれないのな」

 しばらくして、スズが鍋を開けると、鼻腔をくすぐる香りが広がった。

「おお、いい匂いだな」

 エルミアが鍋を覗き込む。

「うん、いい感じなのな。みんなに配るのなー!」

 スズはそれぞれのお椀に取り分けいく。


「どれどれ食べてみるか」

 エルミアがひとくち口に運ぶ。その様子を訝しげに眺めるジーナとダニー。

「おお、辛くておいしいな」

 その言葉を聞いて、ジーナとダニーもしぶしぶ口に運ぶ。

「「な」」

 ひと口入れた瞬間ピッと動きを止める2人。

「何だこれは!!!」

「お、美味しいわ!」


「ゴロッとした肉に味が染みていて、かつ、この野菜がいい香りを醸し出しているッ! 香りと辛みがたまらない! 麺も味を吸っていてどんどん食べられそうだ」

「こんなトマト料理があったなんて。というか、トマトの味はするけど、トマトはどこに消えたの?」

 2人がスズを見遣ると、スズは不敵な笑みを浮かべた。


「ふっふっふ。トマトはスープになったのにゃ。水は入れていないのにゃ! トマトは! スープに! なったのにゃ!」

 2度同じことを言うスズ。


「本当においしいぞスズ。愛を感じる」

 エルミアはスズに寄り添う。

「ホントはガーリックと溶き卵を入れるともっと美味しいのな!」

「ガーリック! なぜ入ってないのだ」

 ダニーの顔がスズの顔に迫る。

「ガ、ガーリックは匂いが強いから、明日の魔物討伐には向かないのにゃ……だから入ってないのな。ていうか、近いのな」


「じゃあ、卵は? 卵は臭わないわよね!?」

 今度はジーナが迫る。

「無理なのな。卵なんて移動中割れたら大変だし、保存も効かないのな」

「そ、そうなのね。でも、美味しいわ」

「ちょっと、姉さん。麺取り過ぎだよ。僕にも分けてよ」



 薬草を探すために川沿いを進む一行。

 4班の採集する薬草は、岩場に多く生えている薬草が2つと水辺に生えている薬草が1つだ。

 エルミア達が角ウサギの狩猟に向かった時、岩場を見かけていたので、2つの薬草は直ぐに見つかり、規定量を簡単に達成することができた。


「残る1つがなかなか見つからないのにゃ」

「そうね。そろそろ、見つかってもいいのに」

 目的の薬草は、紫の葉をしているから、目立つはずなのになかなか見つからない。

「アズキ、薬草の臭いとか分からないのな?」

 アズキは申し訳なさそうに、小さくオンと鳴く。

「嗅いだことないからわかんない、か。当たり前かー」

 スズはアズキの頭を撫でる。悪いのはアズキじゃないのな。


「結構上流まで来たのかな?」

「滝が見えていないから、まだそこまで行ってないわ」

 地図と睨めっこしているジーナに、ダニがたずねる。

「地道に探すしかないようだな」

 エルミアは肩を竦める。


「班長、これからどうするのにゃ?」

 スズは手をあげて質問をする。

「とりあえず滝が見えるまでは、このまま上流に行こうかなって。滝の近くから、また別の沢が分かれているらしいから、今度はそっちに向かうつもり。いいかしら」

「「「はーい!」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る