『銀の花束』
ステラたちは、宿の食事処で話し合いをしていた。
まだ夕食には早い時間だから、テーブルには4人のそれぞれ飲み物だけがのっている。
ステラの踊りが終わった後、セーラムはリリーと一緒に町の調合師サリーのところに行ってしまった。セーラムがハームの町に来たのは、サリーの夕食の招待を受けたためで、今夜はサリーの家に泊まる予定である。
「明日は2人とも、銀の森に泊まりで指南を受けに行くのよね? 私たちはどうしようかしら?」
「2人で依頼を受ける、商品の登録のために商業ギルド支店にいく、とか?」
商業ギルドはどこの町にもあるから、ハームの町にもある。しかし、町が小さいから商業ギルドの規模も小さい。大規模な商業ギルドが隣の港町コーラルにあるため、ハームには連絡所といった役割程度の機能しか備わっていない。
「2人から4人になったから、テントの中も改築しないといけないわね。ベッドを増やして、シャワーと浴槽も最初から付いている方がいいわね」
ステラたちのテントは魔法で、通常の倍の住居スペースが確保されている。テントに入れるのは基本的に自分達だけだから、自分達に使いやすいように改築するのは当然だろう。
「でも2人の意見も聞きたいから、テント内部の空間拡張だけにしておきたい」
「おお! よくわからないけど、テントは重要なのな!」
「テントの拡張か……そんなことできるのか」
「ちょっと、工夫するだけよ」
ミリーはウィンクをして誤魔化す。
「それと『銀雪商会』の開業までの流れは、リリーさんともう話を着けているわ。リリーさんが商品を調合する場所で、このまま販売できるように、リリーさんにある程度の資金を渡しているから、リリーさんが店主として頑張ってくれるはずよ。ステラがさっき言っていた商品の登録もリリーさんに任せてきたわ」
「ミリーたちが商売をしているとは驚いたな」
「成行上しかたなく、ね。それにまだ商売って言えるようなことはしていないけどね」
「きっとうまくいくのな! ギルドでも、今日行った美容室でも『銀雪水』は話題になってたのな! 販売開始になれば、間違いなく売れるのな」
スズが両手をあげて興奮している。商人として「売れる」というだけで興奮してしまうのだろう。
ショートヘアにしたスズは、一層元気で幼い印象を与える。
今まで半分隠れてしまっていた目が、はっきり見えるようになり、大きくて吸い込まれそうな瞳が可愛らしくてついつい見てしまう。
「ステラ、どうしたのな? 似合う?」
スズがステラの視線に気づいたのか、にたりと口を歪ませる。
「うん、似合う」
ステラは視線を、背丈と童顔に似つかわしくない胸にスライドさせる。
「な。そんなに熱い視線で……は、破廉恥にゃ」
今度は恥ずかしそうにするスズ。
「変なこと考えてるあんたの方が、破廉恥でしょ。だいたいその髪型この間のステラと似てるじゃない。真似するんじゃないわよ」
「うっさいのな。ミリーには関係ないのな、ステラはあたしの胸に興味津々なのな」
「見てない。考え事してた」
「私も興味あるぞ。スズの胸」
エルミアが話を面倒な方向へ持っていこうとする。
「考え事は本当。1つは次の目的地をどうするかということ。それとパーティーの名前をどうするかってこと」
「そっか。スズとエルの服は時間かかるし、別の町の『竜宮屋』で受け取っても、値段も受け取るまでの時間も大差ないものね。ハームでしなくちゃいけないことは無くなったわね」
「ハームからであれば港町コーラル、マティス王都、あとは鉱山の町スフォルあたりか」
エルミアは頭の中で地図を思い出しながら列挙していく。
「私はどっちも興味はある。だから3人に任せる」
「どこにいくにしても、馬車で2泊は必要とする距離だ。馬車の料金も安くはないだろう」
「護衛依頼で行けないのかにゃ。依頼なら馬車の料金も払わなくていいし、報酬が貰えるのな!」
「そうね、名案だわ。じゃあ明日、アンナさんに護衛依頼が来たら優先的に回して貰えるようにお願いするわね」
「どちらに向かうのかは、護衛依頼の内容次第、お楽しみってことだにゃ」
ミリー達のやりとりを聞いていたステラが頷く。
「そうなるとやっぱり、パーティー登録が必要。護衛依頼はDランク以上でなければ請け負うことは出来ない。エルとスズは指南が終わればFランク。ミリーと私はCランクだから4人でパーティー登録すれば、Dランクパーティーとして扱ってもらえる」
「なら、パーティー登録さえすれば、護衛依頼を受けられるのだな」
「それで、さっき言っていたパーティーの名前の話になるってことね」
「何か案ある? リックが言ってたけど、名前は出身地とか目的とか見た目が多いんだって」
「『黒猫渓谷屋』!!」
「それはあんたの屋号でしょ、駄目よ」
「そういえば、スズの旅の目的は知っているが、2人の目的は何なんだ?」
「私は夢を叶えたいのよ。そのためにお金が必要なの」
ミリーは簡単に説明する。
「私は、故郷を探したい。自分がどこから来たのかを知りたい」
「そうか。スズと私は家族に会いに行くから、2人の方が目的としては大きそうだな」
「そんなことないわよ。ステラも結局は家族に会いに行くのが目的でもあるからね。私も似たようなものよ」
「そうなのか」
エルミアは思うところがあるのか口をつぐむ。
「うーむ、なんだか目的をパーティー名にするのは難しそうなのな。出身地はバラバラだから無理そうなのにゃ。後は見た目くらいしかないのかにゃ」
「皆でケモミミ生やす?」
ステラが何気なしに言い、ぴょんと自分の頭に狐の耳を生やした。
「うお、生えたのにゃ! なんでなのな!」
「尻尾もあるよ。魔力で生やしてみた」
ステラは自分の尻尾をバサバサさせながら言う。
「凄いのにゃ! なんだか妖艶なのにゃ」
「す、凄いな。私にもできないものか」
「何かやってみる?」
「そうだな、……オオカミとかはどうだろうか」
「やってみる」
ステラが指をちょんと振ると、エルミアの頭から丸いピアスがついているオオカミの耳が生え、青白色の尻尾が生える。
「おお! エル可愛いのにゃ!」
「そ、そうか。ありがとう」
エルは手鏡を取り出し、自分の姿を確かめた。
「悪くはないな。その、かわいい」
「遊んでないで、早くパーティーの名前決めちゃいましょう」
ミリーが呆れ顔で頬杖をつく。
「ミリーも可愛い」
ステラは、ミリーがいつの間にか生やした犬の耳を見ながら言う。ミリーの犬耳は垂れ下がっているようなもので、子犬を連想させるものになっている。金髪に良く似合っている。
「ありがと」
「思いついたのがあるんだが、いいか」
エルがススッと手を上げる。
「『花束』なんてどうだろうか。4人が全員髪の色が違うだろう? 色とりどりの花を連想したんだ」
「『花束』! いいと思うにゃ!」
「いいんだけど、ただの『花束』だけじゃ、ちょっと寂しいわね」
「確かに寂しい」
「『銀』とかつけてみたら、どうにゃ?」
「……それ、私の髪の色でしょ」
「いいんじゃないかしら、『銀』って金属だし、強い感じがするから他の冒険者に舐められそうな気もしないわね」
「そうだな。私もいいと思うぞ」
「え、私だけ特別扱いみたいだけど、いいの?」
「だって、ステラがリーダーじゃないの。商会だって『銀雪商会』にしたし」
「え、あれってママのことじゃないの?」
セーラムだって銀色の髪だし、セーラムの象徴は雪だし。
「あたしは、ステラに付いてきたにゃ」
「ミリーが勧誘したんじゃん」
一緒に旅はしたいと思ったけど、実際に誘ったのはミリーだ。
「私はスズに助けられたが、ステラがスズにお願いをしていなかったら今のわたしはない」
それはそうだけど。
「え?」
狐耳をピンと伸ばしたステラが呆気に取られている。
「本気?」
「「「もちろん、本気」」」
「じゃあ、『銀の花束』に決定ね。思えば、『銀の森』から私たちの冒険が始まるんだからいいんじゃないかしら。ステラと私はその森の出身だし、スズとエルの初めての依頼が銀の森なんだから」
「それもそうだにゃ!」
「うん、『銀の花束』いい響きだな」
ステラたちのパーティーは『銀の花束』に決定した。
(私じゃなくて、銀の森のことだもんね。なら、いいかな。そう思うことにしよう)
「だったら、早速パーティー登録に行っちゃう? エルの冒険者登録と、指南の申し込みもしなきゃ」
ミリーが立ち上がると、それに続くようにしてスズとエルも席を立ち、3人は宿の出口へと歩いて行く。
「本当に楽しくなりそう」
ステラは楽しそうに歩いている、3人を追った。
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